単独稽古 弐


なるほどなァ。この戦い方は今までの隊士の誰もがやったことのない戦い方だ。
ちょこまかと逃げるわ、俺の打ち込みをこれでもかと言うほど紙一重で避けては急所ではなく足払いや竹刀を持つ手を狙ってきやがる。
俺が転んだり、竹刀を落とした場合。そしてこれがニ対一の勝負ならもう一人がその隙に俺に一撃を決めると言う算段か。

数回撃ち合って思った。こいつは隊士に向いていないと。
単純に弱いし一撃は軽い。目的を持って鬼殺隊士を目指したものの、やはり元々普通の女だったコイツは隊士としては使いものにならないとすら思った。
だが、この勘の良さはなんだ?
階級は庚と言っていた。下から数えたほうが早いような階級。まだまだ鬼殺隊士になって間もない小娘が全力ではないと言え、俺の打ち込みをここまで捌けるものなのか。

『面白い弟子がいてな。動作予知に長けている。だがまだまだひよっこでな。死なすには勿体ない逸材だ。実弥、お前が育ててやれ』

そんな手紙をもらって現れたのがコイツだ。
確かに面白ェ。そして敵として現れたら鬱陶しいことこの上ねェな。

「甘ェ!」
「かはっ!」

ガラ空きの背中に一撃を入れると凛はそのまま床に叩きつけられる。
凛の狙いも、嗣莉サンの狙いも分かった。
だが今のままではコイツはここ止まりだ。

「凛。お前は体幹がまだまだ甘ェ」
「は、ぇ…?」
「鍛えるだけじゃなくて、柔軟性もあげろォ。お前、型は全部使えんのか?」
「いえ、陸までしか…」
「だろうなァ。特に空中での背筋が緩々なんだよ。下半身はまだまだ硬ェ。この二月、体が痛くない日はないと思え」

凛はひゅっと息を飲んだ後、俺のことを真っ直ぐと見据えてよろしくお願いします!と立ち上がる。やる気があるやつは嫌いじゃねェ。無謀な馬鹿は鬱陶しいが考えることをやめねェ奴も悪くねェ。さて、

「言っとくが俺は全然苛ついてねぇからなァ?二月で俺を苛つかせてみろォ!」


***


あれからもう少しで二月が経とうとしている。
実弥さんと一日も休まず打ち合いをしていた私は自分の戦い方を確立していった。
私がやるべきことは相手を仕留めることではなく、相手を仕留めやすくすること。
相手の体制を崩したり、わざと視界に入ったり、視界から消えるように死角に入ったり。
実弥さんにはこう言われた。

「お前の戦い方は嫌がらせの極みだなァ」

……全く褒められてる気がしないけど、腹が立つとも言われたので実弥さんを苛つかせることは出来たのではないのだろうか。
ちなみに実弥さんは今回の鍛錬で最高でも六割しか実力を出していなかったという。本気を出して私を潰しても意味はないし、六割程度の力でどこまで私くらいの相手を捌けるかもついでに試していたという。
たまに腹が立つと一撃が重かったのは絶対に六割以上の力で殴ってたと思うけどね。川が見えたし、家族が手を振ってた幻覚すら見えた気がしたよ。

そして実弥さんに言われた通り、体幹も鍛え直した。空中での反応力は実弥さんにぶん投げられ、嗣莉さんに空中で攻撃を仕掛けられるという鍛錬を行なっていたのだがこの訓練は過去最高に辛かった。まず実弥さんの投げる力が強すぎて高くまで放り投げられるのが純粋に怖いし、嗣莉さんは竹刀で襲ってくる時もあれば、竹刀をそのまま投げつけてくる時もあるのだから一番負傷したのは間違いなくこの鍛錬であった。
しかし鍛錬の成果もあって実弥さんのものには到底及ばないが風の呼吸の玖の型まで習得することが出来た。

この二月の修行は間違いなく私をもう一段階成長させてくれたと思う。
そして実弥さんの鎹鴉がやってきて、実弥さんは次の指令を言い渡されたので私の濃すぎる二月の訓練は終わりを迎えるのだった。

「実弥。なかなか面白い奴だっただろ?」
「まァ、最初よりは使いものになると思いますよ」
「嗣莉さん、実弥さん!本当にありがとうございました!」

そう言って二人に頭を下げると、実弥さんは少しだけ口もとを緩めてくれる。

「俺が二月も面倒を見たんだ。簡単に死ぬんじゃねぇぞ」
「はい!」

私の返事に実弥さんは満足そうにこの場を後にし、嗣莉さんも自分の家に帰ると言った。何故嗣莉さんがここまで来て、私の鍛錬にも付き合ってくれたのかと聞けば「暇だったから」と言うけれど、……どんな理由であれ、実弥さんに連絡を取り、一緒に鍛錬を行なってくれて、様々な助言をしてくれた嗣莉さんには感謝しかない。

「嗣莉さん!」
「なんだよ」
「大好きです!」

そう言うと嗣莉さんは「ばーか」と嬉しそうに笑ってくれた。

師に恵まれている




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