単独稽古 壱


拝啓 竈門炭治郎様

手紙をありがとう。
炭治郎から手紙が届く度に、疲れが取れるような気がして本当に有り難いです。
炭治郎も禰豆子ちゃんも、皆も元気そうで私も皆にまた会いたいなと思いながら日々を過ごしてます。

前の手紙でも記した通り、私は今風柱である不死川実弥さんの元で鍛錬を受けています。
同じ呼吸の使い手でも、ここまで差が出るものなのかと傷付くよりも尊敬が勝りました。
あんなに得意だった鬼ごっこも、実弥さんの前では赤子同然。上には上がいるとはよく言ったものだと思います。

鍛錬は厳しくも楽しいです。
ただ、川の向こうに家族が見えたら引き返そうと心に決めました。炭治郎も無理はしないでくださいね。


斎藤凛



「……いや、凛はどんな鍛錬を受けているんだ…!?」


***


時は遡って一月前。
私は嗣莉さんに言われた通り、風柱である不死川実弥さんを尋ねるとどうやら嗣莉さんから既に私のことを聞いていたらしく、不死川さんはとても不機嫌そうな顔で私を凝視してくる。

「テメェが嗣莉サンの言ってた凛かァ?」
「はい!階級庚、斎藤凛です!その…私には不死川さんのところへ向かえとしか聞かされていないのですが…」

そう言うと不死川さんはチッと舌打ちをして頭をガシガシと掻く。えっと、どうすれば?

「二月だ」
「へ?」
「嗣莉サンの顔を立てるために、二月だけテメェの面倒を見てやる」

………何の話?

「さっさと準備しろォ!」
「あ!は、はい!」

なんだかよく分からないけれど、不死川さんは竹刀を持って道場の真ん中で仁王立ちをしている。
私は荷物を降ろし、羽織を脱いで不死川さんに一礼をして竹刀を受け取る。
どうやら稽古を付けてくれるようだ。現風柱、不死川実弥さん。彼が構えると明らかに周りの空気が変わった。
──隙がない。打ち込めない。
空気が揺れる。瞬きを一つする間に不死川さんは私に距離を詰めてそして、

「ほォ」

抉り取るように下から打ち込んできた一撃をほぼ反射で竹刀で受け、私はその勢いのまま後ろへと転がった。
竹刀で受けたのに、勢いが全く殺せない。なんだこの強さは。本当に人間なのか?

「なるほどなァ。反応は悪くねェ。悪いのは──」
「うぐっ…!」

まだ体勢を整えれてない私に不死川さんは構わんの言わんばかりに上から打ち込んでくる。
一撃が重すぎる!嗣莉さんより、もっと重い。
その力強さに堪えることが出来ず私の手から竹刀が弾かれた。

「弱すぎるな。力がねぇ。これじゃあ斬れねェ鬼に遭遇するのも時間の問題だなァ」

そんなの、分かりきっている。そして斬れない鬼にはもう遭遇した。
私は力が弱い。普通の人よりは鍛えてる分強いかもしれないが、この鬼殺隊という組織では間違いなく使いものにならないだろう。それは蝶屋敷で皆と腕相撲をした時にとっくに分かっていた。
竹刀を拾って一つ深く呼吸をする。構えて不死川さんを見据えると、不死川さんは楽しそうに口元を歪めた。

「それは、悪くねェな」

不死川さんへと思い切り踏み込む。竹刀を振り下ろすと不死川さんはそれを軽々と受け止め弾き、ガラ空きになった私の脇腹に竹刀を叩き込もうとしてるのは空気の流れで分かっていた。

「がっは……!」

分かったところで速すぎて防げないのでせめて重心をずらして痛みを少しでも和らげようと試みるものの痛いものは痛い。
ああ、空気の流れが止まってる。不死川さんは連続では打ち込んでくる気はないみたいだ。優しい人だな。だけどその油断につけ込んで私は竹刀を握り直して不死川さんの顎をめがけて振るう。

「それも悪くねェ」

なんて言いながら不死川さんは私の竹刀を素手で受け止めていた。
力が弱いから、だけではない。不死川さんは私の狙いも動きも見えているんだ。

「ぐっ…!」

竹刀ごと床に放り投げられ、すぐ立ち上がろうとしても脇腹と投げられたせいで背中をぶつけ呼吸が浅くなる。片膝を立てて、せめて視線だけは不死川さんから逸らさずにいると不死川さんが私を見下ろして冷静に私の現状を語る。

「気概は悪くねェ。諦めが悪いのも見込みがある。だがなァ、それだけだ。遅い弱い軽い。ハッキリ言って隊士向きとは言えねえなァ」
「まあまあ、そう虐めてやるな実弥」

いつの間にか道場の入り口に立っていたのは、嗣莉さんだ。何故ここに?
不死川さんは嗣莉さんの姿を見ると眉を顰めて竹刀を降ろした。

「嗣莉サン。こいつの面倒を見てやれってどういうつもりで言ったんですか」
「同じ呼吸を使うもの同士の鍛錬は強くなる一番の近道だろう?私がお前にそうしたように、お前も凛を強くしてやれ実弥」

嗣莉さんの言葉に不死川さんは酷く嫌そうな顔をする。私じゃ鍛錬相手になんてならない。それは風柱である不死川さんの時間を無駄に捨てるようはものだ。でも、私はこの不死川さんという人の動きをもっと見てみたい。とても速く、力強く打ち込んでくる不死川さん。それを私は──

「そんで?そこで膝をついてる馬鹿は何を考えてんだ?」
「は、はい!すみません!……うぐっ!」

すぐ立ち上がって竹刀を構えると、近付いてきた嗣莉さんが私のお腹に肘鉄を食らわせる。常中をしているというのに痛かったということは、かなりの力で私に肘鉄を食らわせたということだ。

「凛。間違ってるだろそれは」
「え?」
「お前は私に手紙で何を記した?お前の戦い方は実弥に打ち込みで一本を取ることか?それを目指すなら今のお前じゃ永遠に無理だな」

久々の嗣莉さんはそれはもう辛辣だ。懐かしい。どれくらい辛辣かと言うと不死川さんが少しだけ気まずそうにしてるくらいには辛辣だ。だけど、私にはこれくらいで丁度いい。遠回しな言葉なんてかえって混乱するだけなのだから。

私の仕事は一緒に戦っている人にどれだけ貢献出来るかどうかだ。決めるのは私でなくて良い。誰よりも一緒にいて戦いやすいと、皆を支えられるような隊士になりたい。ということは、

「決めなくても、いい」

嗣莉さんがパチンッと指を鳴らした。

「今までの誰よりも実弥を苛つかせろ、凛」

私の戦い方





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