幕間 弐ノ肆


鴉が私に通達を持ってくる。
それはかつて私を慕い、稽古をつけた隊士の訃報。自分が育手として送り出した隊士、そして柱の訃報は私達育手にも通達される。

「そうか。煉獄が…」

やたらと声の大きい真っ直ぐな青年だった。動きが読みやすく単調な動きを指摘すれば頭を悩ませながら鍛錬に励んでいた頃が懐かしい。
ひたむきに努力をして、柱となり責務を全うした煉獄杏寿郎。お前からの最後の手紙は、彼女を頼むというものだったな。
そして、煉獄が私に託した「彼女」とやらからも手紙が届いていた。

「…なるほどな」

煉獄の死に、彼女──斎藤凛は立ち会ったらしい。手紙には自分の無力さと、そして自分がしなければならないことが明確に書かれていた。悪くない。煉獄は最後まで凛のことをちゃんと導いたということか。

私は筆を取って手紙を書く。
便箋は二枚。一枚はこの手紙の差出人凛へ。そしてもう一枚は──


***


「やっぱり凛はなかなか捕まえられないな」
「それが私の強みだからね」

あの夜、凛ときちんと話してから俺達は前よりも仲良くなれた気がする。凛もしっかり眠れるようになったようで顔色も良く、俺と共に鍛錬にも常時参加出来るようになった。

「くっそー!何で捕まえられねえんだ!」
「でも、伊之助が一番やりにくいよ。一回は捕まっちゃったし」
「九回は逃げ延びたじゃねーか!」

くそお!と伊之助が悔しそうに言う。
凛は鬼ごっこが本当に強い。足も速く、そして恐ろしく気配に敏感だ。まるで俺達の動きを先読みしているかのように尽く逃げきれられてしまう。伊之助も気配に敏感なため、いつも二人は良い勝負をするのだが、伊之助はどちらかというと肌で感じる気配に敏感らしい。凛は空気の揺れで気配を察知するらしく、違いはそこだと言うのだが正直俺にはさっぱり分からない。

「でも、凛が元気になって良かったよ。これでも心配してたんだよ?」
「善逸、ありがとう。いつも気にかけてくれてたもんね。善逸は優しいね」
「え!?何急に!?もしかして惚れ──」
「それはないよ?」
「はい!いつもの頂きましたー!」

善逸の大袈裟な振る舞いに皆で笑い合う。
それからも俺達は互いに鬼ごっこや打ち合いをしたり、型の稽古をしたりとお互いを高め合っていった。その間に指令も入り、それぞれ鬼を倒す。

そんな毎日を過ごし、煉獄さんが亡くなってから二月が経ったある日。伊之助は単独任務に出ていたため俺と善逸と凛はいつものように蝶屋敷で鍛錬を行っていた。

「凛、手紙ダ」
「十蔵君!ご苦労様」

凛は自分の鎹鴉から手紙を受け取り指令かな、と手紙の差出人を見ると嬉しそうに顔を綻ばせて──内容を見て思い切り眉を顰めた。

「凛?どうしたんだ?」
「いや、嗣莉さんからの手紙だったんだけど…」

嗣莉さんとは凛の育手の名前だ。
凛の怪訝そうな表情を見るに、あまり良くない内容が書かれていたのだろうか?

「何が書かれてたの?」

善逸もそんな凛の様子が気になったようで、俺が聞こうと思ったことと全く同じことを凛に尋ねる。
凛はうーん、と首を捻って答えてくれる。

「この手紙を受け取り次第、風柱不死川実弥の元へ直行しろ……って」
「か、風柱!?」

風柱というと、禰豆子を刺したあの人だ。忘れるものか。いつか絶対に頭突きをしてやると強く誓った人だ。そんな人の元へ凛が…?

「炭治郎、知り合いなの?」
「え!?し、知り合いというか……少し、話したことがあるだけだぞ…?」
「「はい嘘」」

凛と善逸の声が重なる。うっ、俺は嘘が苦手というか、嘘をつくと顔に出てしまうためすぐにバレてしまう。だけど今から風柱の元へ向かう凛を不安な気持ちにもさせたくない。
どうするべきか悩んでいると凛が口を開いた。

「まいっか。とりあえず不死川さん?のところに向かうね」

凛が鍛錬を切り上げて身支度を整える。今までは指令に従っていたため、指令を終えればここに皆戻ってきていた。しかし、凛は今回育手に言われて風柱の元へ向かう。もしかしたら暫く会えないかもしれない。…会えるかもしれないが。今の時点では何も分からない。だけど凛に暫く会えないのだとしたら、少し寂しいな。

「禰豆子ちゃん。行ってくるね」

凛は任務に向かう時も必ず箱越しに禰豆子に声をかけてからいつも向かっていた。凛の声が届いたのか箱からカリカリカリカリと引っ掻く音がいつもより多めに聞こえて、禰豆子が寂しそうにしてるのが分かる。
凛は禰豆子に本当に優しい。凛の生い立ちを聞いて、多分自分の妹と禰豆子を重ねているところもあるのだろうと察することは出来た。それでも、禰豆子にとっては凛は優しいお姉ちゃんで、大好きな相手なんだ。

「じゃ、炭治郎、善逸。行ってくるね」
「気をつけてなー」
「あ、凛!」

つい凛を呼び止めてしまう。
そんな俺のことを凛も善逸も不思議そうに見ている。えっと、

「何?」
「手紙を、書いてもいいだろうか」
「え?」
「その、会えない時は…手紙を届けたい」

凛が目をぱちくりさせた後、嬉しそうに笑顔を向けてくれる。

「楽しみにしてる!」
「! ああ!楽しみにしててくれ!」
「……炭治郎」

凛が俺を真っ直ぐ見据える。
凄く優しい匂いがする。それにこれは、感謝の匂い──?

「ありがとね」
「え?」
「えっと、色々!炭治郎のおかげで楽になったよ!じゃあ、行ってきます!」

照れ臭そうに、凛は逃げるようにしてその場を後にした。初めて見た凛の表情に何故か胸が締め付けられ、そして凛が行ってしまったことが少し寂しい。
手紙を書こう。楽しみにしてると言ってくれたのだから、俺はそれに応えたい。

「え?炭治郎と凛ってそういう感じなの…?」
「? そういう感じ?」
「え?」
「え?」

善逸が何を言いたいのかはよく分からなかったけど、「えぇ…自覚なしかよ…」と善逸は信じられないものを見るような目で俺を見ていた。



鎹鴉が手紙を持ってくる。
差出人の名前を見て目を見開いた。嗣莉サン?また珍しい人から手紙が届いたもんだ。
俺はその内容に目を通して──

「……はァ?」

そんな声を上げることしか出来なかった。

嗣莉さんからの手紙




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