幕間 弐ノ弐
私の家は元々、そんなに裕福でもないけど貧困でもなく家族仲も悪くなかった。
父さんと母さんと双子の妹の美琴。四人で暮らすには何の変哲もない普通の家族だった。ただ、美琴は物心ついた時から寂しがり屋でいつも私の後ろをついてくる引っ込み思案の子だった。
「お姉ちゃん、美琴のこと好き?」
「大好きだよ」
そう言うと嬉しそうにする美琴が可愛くて大好きで。
だけどあの日、美琴の心が大きく揺らぐことが起こったのだ。
「この三人の子達が、雪の中震えていて…どうしても放って置けなかった」
父さんはそう言って小さい子供を三人連れて帰ってきた。その日は悪天候で雪の中、身を寄せ合っていたこの子達を連れて帰ってしまったという。
母さんはそれに対して「父さんは優しいから」と三人を受け入れた。とても小さな女の子は桃と名乗りまだ四歳で、警戒心を解かない男の子は一彦と名乗り六歳。一番しっかりしている男の子は冬慈と名乗って八歳だと教えてくれた。私と美琴はその時十歳で、その日から私達は突然お姉ちゃんになったのだ。
私は元々双子といえど寂しがり屋な美琴が妹だったため、三人ともすぐ打ち解けることが出来た。桃は私や父さんや母さんに好きなだけ甘えて、一彦も構ってほしそうにしているのが分かりやすく、冬慈は三人の中で一番お兄ちゃんだったので甘え下手だったため、気付けば構うようになっていた。
私達は日が経つにつれ本物の家族のように仲良くなっていった。──美琴一人を除いて。
「私、あの子達が嫌い」
美琴は新しく家族になった三人にとても冷たく、会話さえしようとしない。
だけど寂しそうにしているのも分かっていたから私は暇を見つけては一人で外や家の隅にいる美琴に話をかけていた。
「そんなこと言わないで?皆良い子だよ。美琴とも喋りたがってるよ」
「父さんも母さんも、私のことなんて見てない」
確かに三人が家にやってきてからは私と美琴は以前より父さんと母さんに構われなくなった。桃はまだ小さく手がかかるし、一彦もやんちゃで目が離せない。必然的に一番歳上でいる私達から目が離れるのは仕方がないことだけど、美琴はそれが酷く嫌だったらしい。
「美琴、父さんと母さんは…」
「お姉ちゃんは、私のこと好き?」
毎日呪文のように繰り返される言葉。
美琴の心を保つための確認作業だ。
「大好きだよ」
「…私も、お姉ちゃんだけは大好き」
「美琴…」
そんな美琴のことを、家族もどうしていいか分からなかったようだ。
父さんと母さんは反抗期だと言って放っておくことを決め、桃は美琴を怖がり、一彦は自分達を邪心にする美琴を毛嫌いし、冬慈は悪くこそ言わなかったが美琴姉さんのことはよく分からない、と困った顔をしていた。
どうすれば歩みよれるだろうか。そんな悩みを抱えたまま二年の月日が流れその日がついに訪れた。
「桃が熱を?」
その日、桃が高熱を出して朝から皆は桃に付きっきりだった。薬を買うためには町に降りなければいけない。しかし町に降りている時に桃が急変したら元も子もない。町へ一人で降りれるのは私と美琴と冬慈だけだが、今日は天候が悪くなりそうで二人を危ない目には合わせたくなかった。
「私が町に降りて薬を買ってくるよ」
「ごめんね凛、お願い出来る?」
「うん、行ってくる──」
「お姉ちゃん!今日は家にいてくれるって…約束したのに…!」
美琴が血相を変えて私の手を握る。
そう、今日はずっと一緒にいると美琴と約束していたのだ。その約束を守れそうになく、私はどうするべきか悩んでいると父さんが美琴の手を掴んで私から引き離した。
「美琴!いい加減にしなさい!お前はお姉ちゃんなのにどうしていつまでも我儘を言うんだ!」
その言葉に美琴が信じられないものを見るような目を父さんに向ける。
「………いいのに、」
「え?」
美琴は何を言ったのか聞き取れないほどの小さな声を発した後、家を飛び出してしまう。
「美琴!」
「凛、放っておきなさい!」
「で、でも…」
「あの子も大人になる時が来たんだ。今は、桃の薬を……頼む」
私はこの時、本当に悩んだ。
美琴を追って探しに行くべきか、桃の薬を買いに町へ降りるべきか。
どの選択が正しいかなんて、分かるはずがない。
でも後からならなんだって言えるんだ。私が選んだ選択は最低最悪の間違いだったと…
私は結局、町へ降りて桃の薬を買うことを選んだ。美琴のことがどうでもいいわけでは決してなかったけど、帰った後美琴とはちゃんと話をしようと思ったのだ。
「凛ちゃん、今から帰るなら日が落ちそうだけど大丈夫?」
薬を受け取った時、そう言われたけれど私は構いません。と言って家に帰ることを選んだ。どんどん薄暗くなり辺りも暗くなっていく。大分時間がかかってしまったな、と足を急がせた。どうしても私は今日中に家に帰りたかったのだ。
そして、月が登りきってから着いた家は私の知っている家じゃなくなっていた。
「え、………?」
入り口が壊されていて、血の痕が広がっている。
何が起こってる?暗くて見えない。私は持っていた薬を地面に投げ捨てて家の中を覗き込んだ。
──月明かりは残酷な現実を私に突き付けた。
家中、血塗れで皆死んでいる。
父さんと母さんだったと思われるモノはあまりにも無残な姿で、桃と冬慈は折り重なるように絶命し、一彦は首が折られていた。
今朝まで皆、生きていて、いってらっしゃいって私に……
「………美琴?」
遺体の中に美琴の姿がない。
サッと血の気が引く。もしかしたら美琴は連れ去られてしまったのかもしれない。これは山賊?それとも熊の仕業?分からない、何も分からないけれど美琴の姿がここにないことだけは分かった。
私は現実を受け入れることが嫌で、なりふり構わず走って美琴の名前を叫び続けた。
「美琴!美琴!どこ!?美琴ー!!」
頭の中がぐちゃぐちゃで、一体どれだけそうしていたか分からない。もしかしたら少しの時間だったのかもしれない。美琴、美琴と叫んでいると物影から誰かが姿を現した。──美琴!
「美琴!無事で──」
それは探し求めた美琴であって、美琴ではなかった。
「お姉ちゃん、おかえり」
私と同じ顔をして愉しそうに笑う美琴がそこにいる。良かった、無事だったんだね。どうしてもそう言葉にすることは出来なかった。
だって、美琴は血塗れだったから。手にも服にも口周りにも血がこびりついている。
「み、こと……?大丈夫なの…?」
震えた声で尋ねると、美琴はとても楽しそうに笑い声をあげた。
「お姉ちゃん、私の心配をしてくれるんだね!大丈夫だよ!この血は私の血じゃないから。大っ嫌いなアイツらの血。不味いしうるさいし最悪だったけど、やっといなくなってくれた」
美琴が何を言っているのか分からない。
アイツらって誰?まずいって何?やっと、いなくなった……?
『皆死ねばいいのに』
聞き間違えだと信じたかった、美琴の言葉が脳裏を過ぎる。
「お姉ちゃんだけは大好きだから殺さないよ!ねえ、お姉ちゃん……私のこと好き?」
「美琴………」
ガチガチと歯が鳴る。
何に対しての恐怖?目の前にいる美琴は本当に美琴なの?
私は否定されることを望みながらも、ほとんど確信を持った問いを美琴に投げかけた。
「皆を……殺したの?」
「殺したよ。だって、あの人達は私のことが好きじゃなかったから」
淡々と美琴は事実を述べる。
さっき私が目にした惨状は、美琴の手によって行われたもの。父さんも母さんも桃も一彦も冬慈も。誰も死にたくなかったはずだ。それを、美琴は──
「好かれていなかったら、殺してもいいの?」
「うん。私を好きじゃない人なんていらない」
「違う、違うよ美琴。それは間違ってる!どんな理由があろうと人殺しは許されない!それに、皆は美琴のことを──」
最後まで言い切る前に美琴が凄まじい勢いで飛びかかってくる。押し倒され馬乗りになった美琴は首を物凄い力で絞めつけてきて呼吸すらままならない。
「かっ、は……!」
「そんなこと聞いてない。ねえ、お姉ちゃん。私のこと、好き?」
ぎりぎりと、全く力が弱まる気配がなく、美琴の手を必死に掴んでもびくともしない。言葉を発するどころか酸素を取り込むことすら出来なかった。
「かっ、く……っ」
「お姉ちゃんも、アイツらと同じなの?」
美琴、美琴……!
意識が遠のきかけた瞬間、舞うような炎が美琴を襲い私は苦しさから解放され大きくむせながらも美琴の姿を見た。
美琴はいつものように寂しさを滲ませた顔をしていて、私は咄嗟に目の前の男の人の腕を掴むのだった。
全てが壊れた日
[ 23/68 ]← →
◆