序章 壱



「どうしたら、私も強くなれますか」

現実が受け入れられない。どうして、何故。そんな言葉しか頭には浮かばなかった。だけど目を逸らすことは出来ない。きっと、今目を逸らしてしまえば一生後悔するのは分かり切っていたから。
必死に堪えても溢れ続ける涙を拭うこともせず、私を助けてくれた男の人に縋り付けば男の人はとても困ったような顔をした後、私の肩に手を置いて口を開いた。

「君がもし、俺のように鬼を斬るというのなら育手を紹介しよう!だが、それが何を意味するか……分からないわけではあるまい」

男の人が真っ直ぐと私の目を見据える。
分かっている。やらなければいけないことも、それが何を意味するのかも。

「それでも私は……っ」


これは、他の誰でもない私の物語──


***


「成程ね。煉獄からの手紙なんて珍しいとは思ったが……ふぅん」

あの男の人は煉獄杏寿郎と名乗り、自分は鬼を退治する鬼殺隊の一員だと教えてくれた。
鬼殺隊士になるためには育手と呼ばれる人の元で修行をして、最終選別というものに合格しなければならない。自分の師ではないけれど、一番近くに住んでいる育手を彼は紹介してくれて、私は今その人の前に立っていた。

「……探しものねぇ…」

その人は母さんよりも年上の女性で片腕がなく、煉獄さんから受け取ったであろう手紙と私に交互に目線を向けてはぁ、と溜息をついた。

「お前はなんのために鬼殺隊になりたいんだ?」

じろり、と。
私の内心を探るようにその人は私のことを睨む。嘘は許さない。彼女の目はそう語っている。

「私は…会いたい人がいるんです」
「それが鬼殺隊と関係があるのか?」
「あります」
「…ふぅん。お前、人の形をした鬼を殺せるのか?」

私は、鬼を……この目で見た。首を絞められ、殺される寸前まで追い詰められたところを煉獄さんに助けられたのだ。鬼は、人の形をしていて…そして……

「…必要なら、殺します。だけど、鬼は元々人間だったんですよね?なら、人間に戻す方法が何か──」
「ないね。今のところそんな都合の良いものはない。そんなものがあれば鬼殺隊なんていらないからな」

私の望みを彼女は一刀両断する。
そう、鬼は元々人間であった。人の形をしているのもその名残なのだろう。ならば、どうにかすれば人間に戻ることが出来るのではないか。そんな甘い考えを目の前のこの人は否定する。

「腹を括れ斎藤凛。お前が入りたいって言っている組織は正義の味方でもなんでもない、大体が復讐者の集まりだ。鬼が人間だった、なんて皆頭の隅に追いやっちまってるよ。そうしなきゃ自分の心が保てないからな。命乞いをしてくる鬼も、まだ年端もいかない姿をした鬼もいる。それを私達は斬らなければならない。それが私達の仕事だ」

嫌ならやめな。と彼女は私に興味をなくしたように背を向けてしまう。
鬼殺隊に入れば、私は鬼を斬ることが仕事になる。いくら鬼が人の命を奪うからと言っても、鬼だって生きている。その命を奪って、私はそれを仕事と呼ぶことになる。
嫌だ、と。私の良心が叫んでいる。誰が好き好んで命を奪いたいと思うのか。今ならまだ引き返せる。……だけど、

「それでも、諦められない」
「あ?」
「もうとっくに後戻りなんて出来ないんです」

ごめんなさい。
私はこの先、沢山の命を奪うと思います。それは正義のためなんかじゃなく、自分の目的の為に…
それでも、鬼である貴方達が元々人間であったことは忘れないし、鬼を人間に戻す方法だって探し続ける。
偽善でも逃避でも構わない。それが、私に出来るせめてもの償いだ…

「へぇ?腹は括ったってことか」
「…はい!」

そう返事をすると彼女は少し沈黙した後、分かった。と手を差し出してくれた。私はすぐにその手を取って握ると──

「痛たたたたた!?」
「私は扇季嗣莉。お前が死なないように、死ぬ寸前まで鍛えてやるよ」

信じられないほど強く握られた手に、私はこれから先は厳しい日々が始まるんだと確信をし、その考えは間違ってなかったことを身をもって知ることとなった。


そして私は刀を握る





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