無限列車編 肆


立派に鬼殺隊士となって俺の前に現れたのは、四年前俺が初めて失態を犯してしまった任務で出会った斎藤凛と名乗った少女だ。
たまたま近くの町に繰り出していた俺は、僅かに鬼の気配を感じ取り町外れにその家を見つけた。
中はあまりにも凄惨な状態で、男女二人と子供三人が絶命していた。全員食われた痕があり、特に男女二人の裂傷が酷く傷跡から鬼がやったものだと断定して俺は鬼の気配に注意しながら辺りを捜索していた。
そして鬼の気配を強く感じ駆けつければ鬼は人に跨って首を絞め殺そうとしているのが見えて俺は刀を抜いてその勢いのまま技を繰り出す。

「炎の呼吸 壱の型 不知火!」

鬼は驚いたように後ろへ飛び退くが、技を避けきれず右腕を切断していた。──このまま斬る!
そして再び構え直したところを後ろから誰かに飛びつかれて構えが崩れてしまう。

「なっ──!?」

俺の腕に飛びついて来たのは先程まで目の前の鬼に殺されさせていた──少女だ。まさか、鬼の仲間なのか!?

「こ、ろさない、で…!」

むせながらその少女が力の限り俺の腕を抱きしめる。そして月明かりに照らされたその顔に目を見開いた。
目の前の鬼と、俺の腕に飛びついた少女は同じ顔をしていた。

「い、妹…なの…殺さないで……!」

俺が動揺している間に、鬼は姿を眩ませてしまう。追わなければ、そう思うのに俺に必死に縋る少女の姿を見てどうしても足が動かなかった。
もし、あの鬼が千寿郎だったら俺は斬れるのだろうか…?
それはついに最後まで答えが出せなかった。
理屈だけならば斬れる。鬼にされたものが人間に戻ったと聞いたことはなく、ならばせめて斬ることが情けであり救いだと信じているからだ。
だが、愛する肉親が目の前で鬼の姿をしていたらその理屈を通せるのかどうか。それはきっと、誰にもわからない。そう、肉親を鬼にされた彼女達にしか分からないのだろう。


彼女にことの経緯を聞いて、俺は一先ず家族の墓を作ろうと提案すると少女──斎藤凛は大粒の涙を流しながら家族を一人一人土へと埋めていく。一人ずつ、別れの言葉を告げるその姿はあまりにも痛ましく、俺は何も声をかけることが出来なかった。

「煉獄さん、ありがとうございました」
「いや、俺がもう一日早くここへ辿り着いていれば救えたかもしれない。不甲斐ない…」
「いえ…煉獄さんが来てくれなければ私は死んでいました」

目を腫らし未だに止まることのない涙を流しながら、少女は覚悟を決めたように口を開いた。

「どうしたら、私も強くなれますか」

真っ直ぐと。俺の目を見て少女が言う。
彼女は自分も俺と同じ鬼殺隊士になりたいと言っているのだ。
鬼に家族を奪われたものは二つに一つの選択しかない。このまま家族のことを胸に普通の人生を歩むか、鬼殺隊士として鬼を討つ人生を歩むか。斎藤少女は後者の道を選ぼうというのだろう。

「君がもし、俺のように鬼を斬るというのなら育手を紹介しよう!だが、それが何を意味するか……分からないわけではあるまい」

それは、今見逃した妹をいつか自分の手で殺すかもしれないということだ。
鬼になってしまい、人を殺した斎藤少女の妹はもう助からない。鬼殺隊士の誰かに殺されるのは必然だろう。俺も次彼女と対峙した時は間違いなくその頚に刃を振るう。
それならば、わざわざこの少女が自分の妹を殺すなんて非情な選択をしなくてもいいのではないかとすら思ってしまう。
終わりはもう覆らないのだから。

「それでも私は……っ」

ぼろぼろと、少女の堪えていた涙がまたしても溢れる。


「……もう一度、美琴に会いたい……!」


この後俺と斎藤少女が交わした約束は一つだけ。
それは最後まで妹探しを諦めないということ。
そう言うと斎藤少女は一度は誰もが願う言葉を口にした。

「鬼を人間に戻す方法はないのでしょうか…?」
「ない。あるならば、もう鬼はこの世に存在しないからな」
「じゃあせめて、美琴を見つけるまで方法を探すことだけはさせてください。諦めたくないんです」

斎藤少女はどこまでも妹のことを諦めたくないと口にする。だから俺は、一つの現実を彼女に突きつけた。

「斎藤少女。仮に妹が人間に戻ったとしても彼女はもう人殺しだ。この後、見つかるまでの間も間違いなく人食いを続けるだろう。そんな妹が人間に戻ったとしても、罪が消えることはない」

厳しい現実を突きつけるも、斎藤少女はそれを理解しているようで取り乱すこともなく優しく、慈悲に溢れた表情を浮かべる。

「分かってます。でも、私は美琴を人として裁いてあげたい。私はお姉ちゃんだから、妹の罪を一緒に償ってあげたいんです。だけど──」

斎藤少女の目が鋭く、闇を見据える。
それは覚悟を決めた者の眼差し。

「鬼として、もうどうすることも出来なかったら私が美琴を殺します。ちゃんと私の手で、終わらせます」

悲しい言葉を斎藤少女は口にした。
……俺から言うことはもう何もない。
俺はこの近くに住む育手である「扇季嗣莉殿」に詳細を書いた手紙を書いた。探しものである「妹」のこと。斎藤少女の覚悟。俺が出来うる限りの全てを書き記し、鎹鴉に託したのだった。

最終選別は厳しい。女の身である彼女が生き残れる可能性は男よりも低いものだろう。
だが、それを乗り越えられないなら少女は二度と妹に会うことは出来ない。
俺は色々な感情が混ぜ合う中、最後に彼女にこう告げた。

「また会おう!斎藤少女!」


これは四年前。
俺と出会った悲しい姉妹の話。



「斎藤少女、君は強くなった。必ず妹を見つけ出し悔いのない選択をするんだ」

煉獄さんが、あんなにも強く優しい煉獄さんが最後の言葉を残している。
その現実が全く受け入れられない。どうして彼のような人が亡くならなければならないのだろうか。どうして私達はいつも、失わなければならないのか。
血の滲むような努力をしようと神に祈ろうと、私達の手からは数え切れないほど大切なものが零れ落ちていく。悔しい、悲しい、苦しい。
今にも吐き出してしまいそうな弱音が頭の中を占める。だというのに、煉獄さんの言葉はあまりにも真っ直ぐで美しい。

「俺は信じる」

嘘偽りのない声で紡ぐ。

「君たちを信じる」

それが煉獄さんの最後の言葉だった。

奇跡のような出会いだった




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