無限列車編 参


「お姉ちゃーん!」

まるで長い夢でも見ていたような錯覚に陥る。私に抱きついてきたのは一番下の妹の桃だ。まだまだ甘えん坊で、可愛い桃。そんな桃を羨ましそうに見つめるのは弟の一彦と冬慈。三人とは血は繋がっていないけれど、確かに私達は姉弟だった。
父さんは孤児であった三人を放っておけずに拾ってきてしまった。最初こそ戸惑いはしたが、三人はそうして私の妹と弟になったのだ。
一彦と冬慈もこっちにおいで、と言うと嬉しそうな顔をして飛びついてくる。可愛い可愛い私の妹と弟。大好きだった。だった?何で過去形なんだろう、今三人はこうして私の目の前にいるのに。

「お姉ちゃん」

声がする。聞き間違えるはずがない。
私と同じ顔をした、私と血の繋がった双子の妹。

「お姉ちゃん、あとで一緒に織物を織ろう」

満面の笑みで双子の妹──美琴が言う。
桃も一彦も冬慈も私から離れて、美琴に抱きつく。お姉ちゃん、大好き。と口を揃えて言い、その仲睦まじい光景を父さんと母さんが微笑みながら見ていた。
ああ、これは私がずっと見たかった光景だ。そしてもう一生見ることは叶わない。

気付いた時には私は手に刀を握っていた。どうして刀なんて持っているのか、あまりよく思い出せない。だけど、私には目的がある。

「お姉ちゃん?」

不思議そうな顔で私のことを見つめる美琴の首を、私は躊躇いなく斬り落とした。
劈く絶叫に、泣き叫ぶ家族。どうして!お姉ちゃん!と耳を刺すような声に頭痛がする。
だって、私は美琴を斬らなければいけなかったから。そして、美琴を斬った後にすることは決まっていた。

「美琴、お姉ちゃんもすぐいくからね」

そう言って私は自分の首に刀を当てて、躊躇することなくそのまま──


***


禰豆子ちゃんの燃える火でも、私がいくら揺さぶっても皆はなかなか起きない。それもそのはずだ。ただ眠っているのではなく、術に堕ちているのだから。でも、起きてもらわなければ。
そんな奮闘をしていると、突然汽車がまるで人の内臓のようなものに覆われ始める。

「なにこれ!?」
「うぅ!?」

その内臓のようなものは生きているみたいで、どんどん形を変えていく。まずい!そう思った瞬間、目を覚ました伊之助が刀で天井に穴を開けて覚醒する。伊之助が天井を破壊したおかげで、炭治郎が必死に叫ぶ声が聞こえてきた。「この汽車全体が鬼になっている」と。つまり、ここはもう鬼の胃袋の中なのだ。

「禰豆子ちゃん!無理はしないで!私は後方の三両を守る!」

この汽車は八両編成。私が守り切れるのは三両が限界だ。だけど、三両なら確実に守り切れる自信がある。この気持ち悪い触手と私は相性が良い。空気の流れでどの触手がどこへ伸びようとしているのかは手に取るように分かるから。
だけど、それに伴う体力が足りない。触手は斬っても斬っても再生を続けるし、何か手を打たなければジリ貧だ。
落雷なような音も聞こえ、皆も戦っているのは分かるがその音すら聞こえなくなったらいよいよまずい。人を襲おうとする触手を斬り伏せながら、段々と追い込まれていく自分に焦りを感じたその時、

「 え  ?」

あまりの衝撃に体が吹っ飛ばされた。

何が起こった?怪我を負った?いや、負っていない。攻撃をされたにしてはあまりにも無傷だ。一体何が──
思考を巡らせていると、一瞬にして目の前に煉獄さんが姿を現した。

「斎藤少女!」
「煉獄さん!」
「君が三両守り抜いてくれたのか!俺は君と共に後方六両を全力で守ってくれ!後ろニ両は全て俺に託してくれて良い!前四両は俺の補佐を務めろ!その間に竈門少年と猪頭少年にこの鬼の頚を探してもらう!」

そう言って煉獄さんは一瞬のうちにまた姿を消してしまう。炭治郎達にも作戦を説明しに行ったのだろう。私は集中を切らすことなく、触手を斬り伏せていく。すぐに戻ってきた煉獄さんと合計六両の汽車に現れる触手を斬って斬って斬り伏せて。終わりの見えない作業のような中、私は煉獄さんの凄さを見た。同じ人間とは思えない速さで動き、技を繰り出し、鬼を抉る。煉獄さんが斬り伏せた場所はなかなか再生が始まらない。傷が深いんだ。
それが分かってか、鬼は煉獄さんの近くを狙うように触手を多く出現させようとしたのを空気で感じた私は、煉獄さんに迫る触手と彼の死角になる部分の触手を徹底的に斬り伏せた。

「斎藤少女!君は補佐として大変優秀だな!」

煉獄さんが戦いながら私を称賛する。
そして気付いた。しのぶさんが言っていた「自分に合った戦い方」とはこれではないかと。
勿論単独任務では使いものにならない戦い方だが、自分よりも筋力が高い隊士と組んだ時は私は決めなくていい。組んだ相手をいかに楽にさせるか。そして敵の行動を早く掴める私には何手先も読むことができ、組んでいる相手を楽にすることは可能だった。
煉獄さんの言葉で自信がつく。この戦い方はきっと間違いじゃない。戦いが終わったら煉獄さんにもう一度確かめてみよう。


「ギャアアアアアア!!!」

物凄い絶叫と共に、汽車が揺れる。いやこれは、横転してしまう!
その時座席から小さな女の子が転がるように倒れ込み、私は彼女を庇うように抱き抱えて衝撃に備えた。

『お姉ちゃん』

嫌な夢を見せられたものだ。
一生忘れることなんて出来ない。大切な最愛の家族達。小さな女の子を胸に苦い記憶が私の頭を巡る中、煉獄さんは沢山の型を繰り出して汽車の被害を最小に抑えようとしていた。

「──すごい、」

その在り方が美しい。
炎柱、煉獄杏寿郎。この日のことを私は一生忘れないだろう。
もっと煉獄さんと色々なことを喋りたかった。あの日、どうして煉獄さんは美琴を見逃してくれたのか。どうして私に育手を紹介してくれたのか。
沢山ありがとうと伝えたかった。
まさか、今日が煉獄さんの最期になるなんて誰も予想することすら出来なかった。

あの日のままの弱い私




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