幕間 壱ノ弐


「凛さんは私に近いのかもしれませんね」
「え?」

訓練場に珍しく姿を現してくれたしのぶさんにそう言われて私は返答に困る。それは、良い意味でなのだろうか?
柱であるしのぶさんに近い、と言われて嬉しくない隊士はいないだろう。だけど、しのぶさんの表情はどこか残念そうで、もしかしなくても悪い意味でしのぶさんに近いと言われているのだろうか。

「えっと、それは一体どういう…?」
「実践あるのみですね。じゃあまず、アオイ」
「はい!」

しのぶさんに呼ばれてアオイが私達の元へと駆けつける。いつも反射訓練を行なっている机を挟んで私とアオイは向かい合うように座らされ、反射訓練をやるのだろうか?と思ったらしのぶさんは机の上の湯呑みをどかしてしまった。

「腕相撲です」
「へ?」
「まずはアオイとですよ」

そう言われアオイの手を取りしのぶさんの合図で腕相撲を始める。私は決して力は強くない。だけど流石に全集中の呼吸 常中を会得していて現場に出ている私はアオイよりは力が強かったらしく難なく腕相撲に勝利した。

「なるほど。では次はカナヲと」

そう言われカナヲと向かい合うように座り手を握る。

「あ、カナヲ。貴女は手を動かしては駄目ですよ」

しのぶさんにそう言われカナヲは少し首を傾げる。

「カナヲは凛さんが押してくる手を止めるだけにしてください」

しのぶさんの意図を理解したのか、カナヲは黙って頷くと私のほうを微笑んで見つめてくる。
それはつまり。私がカナヲより力が弱いと思われているということだ。
そしてしのぶさんの合図と共に思い切り腕を押すけども──

「んんんっ、ぐぅ……!」

驚いたことにカナヲの腕はほとんど動かない。
たまに少し動いたかな?と思わなくもないが、このままカナヲが腕を動かさなければ一生この腕相撲は終わらないだろう。暫く私が奮闘しているとしのぶさんがあらあら、と笑いながら「そこまで」と声をかけてくれた。

「では次は竈門君ともやってみましょう」
「いや、絶対勝てないと思うんですけど…」
「勝てないでしょうね。ただ、同期である竈門君達に知ってもらった方が良いんです」
「知ってもらう?」
「はい。凛さんが如何に非力かどうか」

ぐさり、としのぶさんが心を抉るようなことを言ってくる。しのぶさんは炭治郎にカナヲと同じで腕を押し返すことは禁止だと伝え、私と炭治郎はお互い手を握り、しのぶさんの合図で私は炭治郎の腕を思い切り押した。

「んんんんっくぅう……!」
「え?」

カナヲの時はほんの少しだけ感じた手応えが全く感じられない。何これ、大木?
そう感じてしまうほど炭治郎の腕はびくともせず、当の本人も驚いたような顔で私を見てくるからなんともまあ居た堪れない。これでも本気なんですよ、一応。

「そこまで。竈門君、どうでしたか?」
「えっと…」
「正直に伝えてあげてください」
「思っていたよりも、ずっと弱くて驚きました!」
「辛辣!」
「あ!だけどちゃんと女の子らしい小さな手で可愛らしかったぞ!」
「え?はぁ、……どうも?」
「あらあら、正直にとはそういうつもりではなかったんですけどね」

突然女の子、と言われしかも褒めてくるので反応に困ってしまう。鬼殺隊士になってから自分を女だと顧みたことはそういえばなかったし、嗣莉さんも私のことは女としては全く扱わなかったからなんていうか、久々に女の子と言われて少しむず痒かった。
炭治郎、絶対将来女泣かせになるだろうな…恐ろしい。

「さて、やはり私の思った通りでした。凛さんは全集中の呼吸 常中が使えていたのにも関わらずこの前戦った鬼を一撃では斬ることが出来ませんでしたね?」

それは、伊之助と共に戦ったあの鬼のことだろう。
確かに私はあの鬼の腕を一撃で落とすことが出来なかった。それは実力不足であることは百も承知だったけれど。

「もちろん、呼吸の精度を上げていけばあの程度の鬼なら斬れるようになるかもしれません。だけど凛さん。貴女は鬼殺隊士としては筋力が弱いです」

嗣莉さんにも何度も言われた言葉だ。お前は力が弱い。前線に出れば間違いなく足手纏いになると。分かってはいるけれどその事実は悔しい。

「そんな顔しないでください。私は鬼の頚を斬れませんから、私よりは筋力は上ですよ」
「え、そうなんですか?」
「ええ。なので私は鬼と戦うために毒を使う道を選びました。凛さん、貴女も鬼と戦うなら訓練は勿論ですが自分に合った戦い方を見つける必要は必ず出てきます。それを心に留めておいてください」

しのぶさんは鬼の頚を斬ることが出来なくても、試行錯誤して今の戦い方を身につけたんだ。
私に出来ることはなんだろう。私は多分、強敵を前にした時、前線に出ても活躍出来ないどころか足手纏いになる。呼吸の精度を上げればマシにはなるかもしれないが、きっと炭治郎達には一生届かない。
自分に出来ることを探さなければ。しのぶさんの言葉を胸に私は今日も訓練に励むのだった。


ちなみに腕相撲の強さは伊之助、炭治郎、善逸、カナヲ、私、アオイの順で強かった。
伊之助は圧勝。炭治郎と善逸はほとんど同じくらいで、カナヲは善逸には勝てなかった。無意識かもしれないけれど少し悔しそうにしてるカナヲは珍しくて、可愛らしかった。……まあ私はそんなカナヲに全く歯が立たないんですけどね。

現実はいつも厳しい




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