機能回復訓練 弐


私達の面倒をこの屋敷で見るのを許可してくれたのは蟲柱の胡蝶しのぶさんという人で、とても綺麗な人だった。
そんな彼女に笑顔で炭治郎と伊之助は「機能回復訓練」に連れていかれたのだが、戻ってくる度にげっそりとしていて何があったか聞いても教えてくれなかった。
いや、怖すぎませんか?炭治郎と伊之助だよ?あの二人が落ち込むって何があったの?
私と善逸は二人よりも重傷だったため今日から機能回復訓練に参加することになったのだけど正直不安です。怖いです。善逸と怖いよう…と二人で言い合って訓練場へ足を踏み入れると、アオイが訓練の内容を説明してくれた。

訓練の内容は三つ。
寝たきりで硬くなった体をほぐしてもらうこと。
全身訓練は簡単に言えば鬼ごっこ。
そして反射訓練は──

「え!?薬湯をかけ合うの!?」
「ええ、何か問題がありますか?」
「えっと…湯呑みを投げちゃ、駄目なんだよね…?」
「当たり前でしょ!危ない!」

いや、この訓練はその、嗣莉さんとやったことがあるのだけど…今のアオイの言葉を百回ほど聞かせてあげたい。危ないよ?湯呑みを投げるのは。
嗣莉さんはそれはもう楽しそうに湯呑み投げつけてきたからなぁ…それを避けるのすら訓練にしてたんだな…痛かった記憶が蘇る。

私がアオイにそんなことを聞いてる間に炭治郎と伊之助を連れ出した善逸はなんていうか、まあ。あまり好印象ではないことを大声で叫んでいるので多分とても印象が悪い。

「えっと、悪い子じゃないんだよ…?」
「……あれで?」
「…うん」

アオイの冷ややかな目が今日の訓練中に戻ることはなかった。


それから私と善逸も順調に訓練を行い、全身訓練も反射訓練も四人ともアオイに勝つことは出来た。
だけど、この少女──カナヲはとても強く炭治郎も伊之助も善逸も勝つことが出来なかった。
だけど、何故か私は

「そこまで!」

五日目にして反射訓練でカナヲに勝ってしまった。
いや、勝ったといっても十八回のうちの一回だけなのだけど。あまりの驚きに薬湯が入った湯呑みを持ち上げたまま固まっているとアオイが声をかけてくれたので私の勝ちが決まった。
鬼ごっこもその日のうちに一度カナヲを捕まえることが出来たので私は三人よりも先に機能回復訓練を終わっても良いと言われたが、カナヲとの訓練はとても修行になるためカナヲにこれからも相手をしてもらってもいいかと尋ねると笑顔で何も言ってもらえなかった。

……そういえば、彼女には悪いことをしたんだった。鬼である禰豆子ちゃんを斬ろうとしたカナヲの私は邪魔をした。もしかしたら怒っているのかもしれない。いや、怒っていて当然かもしれない……薬湯も心なしか思い切りぶっかけられた気がしなくも……ない。

私は意を決して、訓練後にカナヲを探してみるとカナヲは中庭で蝶と群れていた。その姿はとても綺麗で目を奪われてしまうほどだ。

「カナヲ」

声をかけるとカナヲがこちらを向いてくれる。何も言わないけれど、声をかけたのは私なのだから私から話を振るべきだ。

「機能回復訓練、ありがとう。カナヲとの訓練は楽しくて刺激になるから本当に助かってるよ」

にこり。と可愛らしい笑顔をカナヲが作る。
とても可愛いのに、どこか空虚に感じるそれに少し寂しさを覚えながらも私はカナヲに頭を下げた。

「それと、ごめんなさい。カナヲの任務を私情で邪魔しちゃったこと。…その、禰豆子ちゃんに関してはこれからも私情で動くかもしれないけど……驚かせて本当にごめん!」

そう言うとカナヲは少しだけ私の方を真っ直ぐ見て懐から何かを取り出す。あれは…銅貨?
カナヲはそれを投げて掌に乗せると私に笑顔を向けて背を向けてしまう。

「あ、明日からも!訓練!一緒にやろうね!」

そう言うとカナヲは足を止めて一度だけこくり、と頷いてその場を後にしてしまった。
綺麗で強くて…どこか放っておけない。
私がカナヲに抱いたのはそんな気持ちだった。


***


それから善逸と伊之助は訓練に来なくなった。拗ねているのだ。頑張ろ?と声をかけても効果はなく私と炭治郎は頭を悩ませていた。
そして炭治郎も十日以上負けが続いている。アオイの提案で私とも反射訓練と全身訓練をやったけれど全て私の勝ち。それも炭治郎にとっては悲しかったらしく余計に落ち込ませてしまったので私は炭治郎と何が足りないんだろう?と日々二人で研究をしていた。
だけど私の言う空気の流れや風の揺らぎは炭治郎には分からないらしく、呼吸の違いのせいかな?と答えは導き出せず。
そんなある日、私達の体をほぐしてくれた三人の女の子きよちゃん、すみちゃん、なほちゃんが声をかけてくれてある事を教えてくれた。

「炭治郎さんは全集中の呼吸を四六時中やっておられますか?」
「ん?」
「朝も昼も夜も寝ている間もずっと全集中の呼吸をしていますか?凛さんはしておられると思うのですが…」

『寝てる時もずーっと。それを全集中の呼吸 常中って呼ぶんだけどな』

「あー!!!!」

嗣莉さんの言葉が蘇る。あ、あれって!基礎中の基礎じゃなくて全集中の呼吸の更に上の段階の訓練だったのか…!
ようやく私がカナヲと勝負が出来る理由が分かり、私は炭治郎が全集中の呼吸 常中を会得出来るよう一緒に訓練を続けることにした。

炭治郎はとにかく真面目で、私が嗣莉さんの元でやっていた訓練を伝えると全て取り入れて修行に励んでいた。
そしてその結果、炭治郎は全集中の呼吸 常中を会得してカナヲの訓練に勝ち、それを見て焦った善逸と伊之助は見事にしのぶさんに焚き付けられ九日で全集中の呼吸 常中を会得してしまった。
ちなみに私は三ヶ月かかったうえに、それから九ヶ月間は最終戦別を受けさせてもらえなかったので嗣莉さんに何回も言われたけど向いてないんだなぁ…と一人落ち込んでいたのは内緒だ。


「凛、鬼ごっこは負け知らずだな」

全集中の呼吸 常中を会得した私達はアオイとカナヲだけではなくお互いを鬼ごっこの相手として訓練を続けていたが、私はいつからか鬼ごっこで負けることがほとんどなくなった。
多分、私に向いているのは動きを読むことなのだろう。風の洞窟での訓練の時も風の流れを読んで突破したように、空気の揺れや風の動きで相手の動きが大体分かるのが私の強みなのだろう。
まあこれも相手の身体能力が高すぎると通用しないので嗣莉さんには全然敵わなかったけれど。

「もう一回だ!包帯女!」
「えぇ〜伊之助との鬼ごっこは長くなるからなぁ…」
「凛、後で俺ももう一回相手をしてもらってもいいか?」

このように、どうしても私を負かせたい伊之助。純粋に私と修行をしたい炭治郎。負けても悔しくないと失礼なことを言って私を相手に選ぶ善逸。
三人のおかげで私の身体能力もかなり上がったと思う。それに加えてカナヲにお願いして相手をしてもらってるのだから自分で言うのもあれだが、私達は大分強くなったと実感していた。


「禰豆子ちゃん、こんばんは」

いつからか、訓練終わりに禰豆子ちゃんの部屋に寄るのが習慣になっていた。ここ蝶屋敷には私達以外の人も沢山いる。…鬼である禰豆子ちゃんは怖がられてしまうため、あまり外には出せないのが現状だ。そんなの寂しいよね、ということで私達はこうやって箱越しに禰豆子ちゃんに喋りかけるようになったのだ。

「今日はね、炭治郎も善逸も伊之助もカナヲに何回か勝てて皆喜んでたよ。すごいね、皆強くなって、頼もしいね」

カリカリ、と返事をするように禰豆子ちゃんが箱を引っ掻くのが愛おしい。本当ならこんな箱の中じゃなくて外に出してあげたいのにな。

「あ、凛。今日も禰豆子に会いに来てくれたんだな、ありがとう」
「禰豆子ちゃーん!今日もお話しようねー!」
「俺様が来てやったぞ!」

禰豆子ちゃんの部屋に炭治郎、善逸、伊之助の三人も集まり賑やかになる。
そんな空気がとても暖かくて、優しくて。禰豆子ちゃんの箱に寄りかかって「楽しいね」と呟くと禰豆子ちゃんはカリカリカリカリ、といつもより多めに箱を引っ掻いてくれるのが嬉しかった。

鍛錬に近道なし




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