那田蜘蛛山編 弐


嗣莉さんの言葉が蘇る。
こんな状況なのに、驚くほど頭が冷静だ。
息を整えて、風を、空気を感じて。
伊之助の首を絞めている鬼に走り寄り、私は型を繰り出した。

「風の呼吸 陸の型 黒風烟嵐!」

私の刀が下から抉るように鬼の腕に食い込む。斬り落とすことは出来ない。鬼は伊之助から手を離さず私を蹴ろうとしてくるのは分かっていた。そうやって空気が動いていたから。
鬼の蹴りを避けると私は続けて呼吸を繰り出す。

「風の呼吸 弐の型 爪々・科戸風!」

次は上から抉るように腕を斬りつける。
上下から抉られた腕は切断され、伊之助は斬り落とされた腕と共に地面へと叩きつけられる。
鬼の視線が伊之助から私へと標的を変え、落とした腕は再生されてしまった。
だけどさっきまではあんなに怖かったのに、何も怖くない。
だって──

『凛、お前の一番の武器はな──』
「ウガアァアアァ!アァ!!」
『──攻撃を避けられることだ』

貴方の攻撃はもう私には当たらないから。


全部分かる。彼が私のどこを狙っているのか。空気が動くから。風はいつも、私の味方をしてくれる。

「グウゥウウ!!!!」

当たらない攻撃に鬼が苛立ったように腕を振り回す。それを私は全部避け切ってみせた。
だけど手詰まりなのも確かだ。左腕は痛みもだが痺れてしまってもう型を繰り出すのは無理だろう。ずっと避けることは出来る。多分、この鬼が相手ならもう攻撃が当たることはない。だけど私の体力が底をついたら終わりだ。

鬼はそんな私に痺れを切らせたのか、膝を突いて呼吸を整えている伊之助へとまた狙いを定める。
それは最も恐れていたことで、自分に狙いを定めた攻撃なら避けれるが対象が自分でない場合は──庇うしかなかった。

「包帯女ァ!!!!」

伊之助の前へと片手で刀を構えて立ち塞がる。守ってみせる、絶対に──!
衝撃に備えて歯を食いしばると、私に向けられた拳がごとり、とその場に落ちた。

「……え?」

あまりにも速く、あまりにも美しいその型に時間が止まったかのような錯覚に陥る。
鬼は自分の腕を斬った彼を敵と認識して必殺の一撃を振り下ろしたが、その男の人はまるで柔らかいものを斬るように鬼をバラバラに斬ってしまった。

「……すごい」

信じられない。あんなに硬かった鬼を、一瞬で切り刻んでしまった。
強い、強すぎる。彼は一体誰?
ぐるぐると視界が回る。あまりに集中しすぎたみたいで頭が痛い。私は緊張の糸が解けたのか、その場に崩れ落ちるように意識を失うのだった。


この後、駆けつけた男の人が伊之助に無理をさせないため縛り上げ、伊之助が気を失った私が目を覚ましたら解いてもらうと叫んだため男の人が私を適当なところまで移動させたのを私が知るはずもなかった。


***


「……ん、?」

気がつくと私はどこか全く分からない場所に放置されていた。
え、嘘でしょ。どこ、ここ?
辺りを見渡しても分かるのはまだ山の中だということと、夜が明けていないということ。
伊之助は、あの男の人はどうなった?状況が何も分からない。分かるのは、

「いっ……だ…」

左腕の痛みと、叩きつけられた背中の痛みと、疲労しすぎて自分の足とは思えないほど重くなった足の状態だった。満身創痍もいいところだ。
右腕はまだ動く。私はいつ鬼に遭遇してもいいように右腕に刀を握って気配がする方へ足を進めた。
空気が揺れている。誰かが、走ってる?
このままいけば私のところへ走っている相手は現れるだろう。私は身を隠して現れる相手を待ち伏せていると、そこに現れたのは禰豆子ちゃんを抱き抱えた炭治郎だった。

「たん──」

と声をかけようとすると炭治郎の背中を女の子が蹴り飛ばして、炭治郎はそのまま地面へと転び禰豆子ちゃんは投げ出されてしまう。
そして炭治郎を蹴り飛ばした女の子は刀を手にしていて、私は考えるよりも先に身体が動いていた。

「う、ぐぅ……!」
「!?」
「凛…!?」

禰豆子ちゃんに振り下ろされた刀を咄嗟に両手で刀を構えて受け止める。泣き出しそうになるほどの激痛を左腕に感じ眩暈を覚えながらも、歯を食いしばり目の前の女の子に言葉を投げかけた。

「この子は、鬼だけど…炭治郎の妹なんです!お願い、殺さないで!最後の家族なの…!」

私の言葉に女の子は困惑したような表情を浮かべる。分かってる、異端なのは私達のほうだ。炭治郎の妹といっても禰豆子ちゃんは鬼には間違いない。それを斬るのが私達の仕事だ。
だけど理屈じゃないんだ、これは。
女の子は悩んだ後、心を決めたようにもう一度刀を振り下ろそうとする。私はまたしても襲ってくる激痛を覚悟して刀を構えると炭治郎が女の子の羽織を引っ張って彼女を転ばせてくれた。

「逃げろ!禰豆子、凛!逃げろ!」

逃げろ、と叫ぶ炭治郎に女の子はかかと落としをお見舞いして炭治郎は気を失ってしまう。
女の子はすぐに体制を立て直してこちらに向かって走り出した。

「禰豆子ちゃん、逃げて!」

またしても振り下ろされる刀を受け止めると、空気が揺れるのが分かった。そして、それを私が避けられないことも。
彼女の蹴りが私の脇腹に思い切り入り、私は木に叩きつけられてそのまま意識を手放してしまうのだった。

また守れないのだろうか





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