那田蜘蛛山編 壱


藤の家門の家を出てから一月。私は任務を一つ終えていた。
肋も現場へ到着する頃には完治していて、鬼も鼓舞屋敷の鬼よりも手練れでなかったため任務は簡単に遂行することが出来た。…今回も鬼と会話をすることは叶わず、人間に戻る方法も分からず仕舞いだ。
はぁ、とその事実に肩を落としながらも甘味処で団子を頬張って休憩していると十蔵君が私の肩に止まってカァ、と一声鳴いて言葉を続けた。

「緊急!緊急!那田蜘蛛山ニ加勢セヨ!」
「うぇ、結構遠いなぁ。到着は深夜になりそう…」
「急ゲ!」
「はーい」

残っていた団子を食べて、お勘定を済ませて私は十蔵君と共に那田蜘蛛山へと急ぎ足で向かうことにした。
この時はまだ、そこがあんなにも凄惨なことになっているとは思いもしていなかった──


***


那田蜘蛛山に到着して、まず最初に思ったのは入りたくないという素直な気持ちだった。
空気が、重い。とんでもない威圧感を感じる。この山は、危険だ。
だけど鬼の気配の人の気配も山からは感じられる。きっと仲間が戦っているんだ。
私は震える足をバシっ、と叩き山の中へと足を踏み入れた。

山の中はやはり凄惨な状況で、私はその現実から目を逸らしたくなった。私と同じ滅を背負った隊服を纏った人の亡骸がいくつもある。皆、恐怖で引き攣った顔をして…どれだけ怖かったことだろう。
せめて、安らかに眠ってくださいと私は彼らの目を閉じさせて手を合わせることしか出来なかった。


(気配がする、鬼と人の気配……)

別方向からニつ。どちらに行くべきか。
……あっちの空気の方が、重苦しい。きっと強い鬼がいるのだろう。私はより強い鬼の空気を感じる方へと全速力で向かう。
すると、場が開けて小川のような場所で巨大な姿をした鬼と隊士達は交戦をしていた。鬼が大木を持ち上げて隊士に叩きつける。──間に合え!

「風の呼吸 壱の型 塵旋風・削ぎ!」

鬼の足を斬り落とすつもりで放った一撃は、鬼の足を抉り斬り落とすことが出来ず、隊士は大木が振り回された衝撃で吹き飛ばされてしまう。

「凛!」

その声に反射するように隊士の姿を確認すると、それは一月前に藤の花の家紋の家で別れた炭治郎だった。

「炭治郎!」
「凛、伊之助!死ぬな!そいつは十二鬼月だ!俺が戻るまで死ぬな!死ぬな!絶対に死ぬな!」

炭治郎は姿が見えなくなるまで私と、そして伊之助に死ぬなと叫び続ける。十二鬼月、って鬼の中でも強いと言われている…くらいにしか私は知らないけど目の前にいる鬼からは今までで一番強い空気を感じる。
伊之助の方に目を向けると、伊之助は体中に怪我をしていて出血も多い。私が到着する前に、既に戦闘を行っていたのだろう。
それなら、ここは私がしっかりしなければ──

「ウガアァアアァ!!!!」

鬼が狂ったように伊之助の方へ向かって拳を振り下ろす。
反応の遅れた伊之助の前に割って入るようにして型を繰り出すも、

「風の呼吸 弐の型 爪々・科戸風!」

腕を半分まで抉ったところで刀が止まってしまう。なんて硬さだ…!

「伊之助!一度身を隠そう!」
「クッソ……!」

悔しそうな声を出して伊之助は私に従ってくれる。その足取りは重く、伊之助の怪我の度合いが酷いことは見て取れた。
どうする、どうすれば…!
落ち着いて、落ち着いて考えるしかない。腕は半分まで抉れていた。斬れないわけではないんだ。足りないのは私の実力…
だけど泣き言を言っている場合じゃない。斬れないじゃない、斬るしかないんだ。そうしなければ私達は、

「クソがアァ!!」
「!?」

隠れていた伊之助が鬼に向かって走り出してしまう。無謀だ!慌てて私も飛び出すが驚いたことに伊之助は一本の刀がを鬼に食い込ませ、もう一本の刀でそれを叩くことによって鬼の腕を斬り落とした。

「俺刀二本持ってるもん!ウハハハ!最強!!」
「凄い!伊之助頭良い!」

そう言うと伊之助は嬉しそうにガハハハ!と笑い声をあげる。私は刀を二本持っていないけれど、型を連続で叩き込めば斬れるだろう。ありがとう、伊之助。突破口を開いてくれて。
刀を構えて鬼を見据える。人間だった頃の名残なんてほとんどなく、言葉も曖昧なその鬼がとても哀しく見えた。
貴方も元は人間だったのに、鬼にされるとこんな風に変わってしまうこともあるなんて…
せめて、苦しまないように。私は刀を握り直した。

「風の呼吸 肆の型──」

型を繰り出そうと身を屈めたその時、鬼は私達に背を向けてその場を後にしてしまう。

「え!?」
「何逃げてんだコラァアアア!!」

あっという間に姿を消してしまった鬼を私達は必死で探すがなかなか見つからない。夜も深くなり月明かりだけでは視界が悪い。鬼がいる場所は必ず空気が揺れる。目を閉じて、空気の流れに集中する。伊之助も感覚を澄ませているのか、動きを止めて集中している。
そして私達は目を開けて、二人で揃って木の上を見上げるとそこにはブルブルと震える鬼の姿があった。

「フハハハ!俺に恐れをなして震えてやがる!」
「伊之助、そう言う言い方は──」

と、その時。
信じられないことに鬼が脱皮をして信じられない大きさに姿を変えた。空気も、さっきまでとは比べ物にならない。目の前に立たれただけで恐ろしさで鳥肌が立つ。カタカタ、と刀を持った手が震えている。震えるな、構えて、早く……!

鬼の空気が動き、伊之助に向けて拳を振り下ろそうとしているのが読み取れた私は、敵に圧倒されている伊之助を蹴り飛ばして鬼の一撃を刀で受け止めた。

「!? お前…!
「ぐっ、うぅ……!」

腕からミシリッという嫌な音が聞こえる。
信じられない、一撃をもろに喰らったわけでもなく、刀で受け止めたのにも関わらず腕の骨が軋んでいる。勢いを受け止めきれなかった私はそのまま殴り飛ばされ木に思い切り背中を打ちつけてしまう。

「が、は……っ!」

あまりの衝撃に息が出来ない。
酸素を求めるあまりはっ、はっ、と浅い呼吸を繰り返す。苦しい、痛い…!
膝を突いて必死に息を整えようとする私の前に伊之助が立ち塞がる。

「俺は鬼殺隊の嘴平伊之助だ!かかってきやがれゴミクソが!」

駄目だ、逃げて。
そう言いたいのに息が整わず声が出せない。
伊之助は私よりも重傷を負っている。これ以上傷を負うのは命に関わるかもしれない。

私の願いは届かず鬼は伊之助を殴り飛ばすと必要に伊之助のことを追い続ける。──伊之助のことを殺すつもりだ。
立たなければ、伊之助を死なせたくない。全集中の呼吸を駆使して息を整えて刀を握る。
落ち着け、斬れる。絶対に斬れる。
──でも、私に出来る一番のことはそれだったっけ?

『凛、お前の一番の武器はな──』

思い出せ




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