藤の花の家紋の家 弐


俺が凛と初めて出会ったのは最終選別の時だ。複数の鬼に襲われ危なかったところを助けてもらい、怪我の手当てをしてくれた。
鱗滝さんから、妹が鬼だということを受け入れてもらえるのは至難だとずっと言われていたが凛は妹が鬼にされたと伝えた時、とても悲しい匂いをさせてくれて「一緒に方法を探そ!」と言ってくれたのだ。それにどれだけ救われたことか。
そして善逸も箱の中にいるのが鬼だと分かっていても俺が大切だと言っていたからと体を張って守ってくれて、伊之助もあれ以来禰豆子に普通に接してくれている。
俺が出会う人達はこんなにも優しい。その現実が嬉しくて仕方がなかった。

そしてもう一つ、俺に嬉しいことが起こった。

「禰豆子ちゃん、お風呂一緒に入ろっか」
「むむーっ!」

禰豆子と凛が凄く仲良くしてくれているのだ。凛からは禰豆子に対して愛情の匂いがする。そんな凛に禰豆子も懐き、今となっては禰豆子は起きるとまず凛に抱きつきにいくほど懐いている。起きている間も凛の側を離れないし、まるで凛を本当の姉のように慕っている。あれ、そういえば…

「凛は何歳なんだ?」

禰豆子を寝かしつけて、縁側に座っていた凛の隣に移動して声をかける。隊服を纏っていない凛は本当に普通の女の子で少しだけ緊張してしまう。凛は優しく微笑んで答えてくれた。

「十六歳だよ」
「俺よりも一つ歳上なんだな」
「炭治郎は十五歳?」
「ああ、禰豆子は十四歳なんだ」
「じゃあ私が一番お姉ちゃんなんだね」

そう言って笑う凛は見た目はそんなに俺達と変わらないけれど、確かに歳上だと感じさせるものがある。俺は長男だったから、姉に感じる感覚が分からないけれどもしかして姉がいたら凛のように振る舞ってくれたのだろうか。
ああ、そうか。俺が感じたのはこれだ。

「凛は、弟か妹がいるのか?」

その言葉を口にすると凛の纏う空気が変わる。匂いもとても悲しいものになり俺は失言をしてしまったことにすぐ気付いた。
鬼殺隊は、大多数が家族を失った者で構成されていると鱗滝さんは言っていた。それは俺も同じで、禰豆子以外は皆……鬼舞辻無惨に殺されてしまった。少し考えれば分かったことだ、凛の家族はきっと……

「いたよ」
「え?」
「私が一番お姉ちゃんだった」

胸が張り裂けそうなほど悲しい匂いをさせて凛が言う。

「ごめん。ごめん、凛」
「いいよ、気にしないで」

よしよしと、凛が俺を慰めるように頭を撫でてくれる。嫌なことを思い出したのは明らかだったのに、凛は俺のことを気遣ってくれている。きっと凛は下の子達にもこうやって優しくしてたのだろう。だから、禰豆子もあんなに懐いて……

「炭治郎、禰豆子ちゃんは凄い子だよ」
「え?」
「鬼になっても人を襲わず、意思疎通も取れて…うん、禰豆子ちゃんは絶対に人間に戻れるよ。方法はまだ見つからないけど…長男長女の頑張りどころだね」

妹を幸せにしてあげないと!と凛は笑う。
そんな風に禰豆子のことを考えてくれる人が俺以外にもいるという事実が本当に嬉しい。凛に会えて俺は幸せだ。

「凛、ありがとう。本当に…心強いよ」
「どういたしまして!」

そう言って凛はやっぱり優しく笑ってくれた。
だけど、どうしてかは分からないけど。
凛は時々、酷く悲しい匂いをさせることがある。だけど俺はまた凛を傷付けるのも嫌で、結局その理由を聞くことが出来なかった。


「え、伊之助の型は独学なの?」
「おうよ!俺様は山の王だからな!」
「いや…意味分かんないんですけどぉ…」

まだ傷が治り切っていない昼下がり、俺達は四人で他愛もない話をしていた。伊之助の呼吸が独学だ、とか。善逸の髪の色は雷に打たれて変わってしまった、とか。ただただ談笑しているのが楽しく俺も凛もそのひと時を楽しんでいた。

「伝令!任務!」
「十蔵君」

一羽の鎹鴉が俺達の元へやってきて、凛の腕へと止まる。十蔵君と呼ばれた彼は凛の鎹鴉だろう。任務と、彼は口にしている。
凛はまだ傷が完治してないのに…とぼやきながらも隊服に着替えて日輪刀を手にする。
だけどやっぱり心配だ。怪我が治り切っていないのに任務だなんて…俺も前回はそうだったが。

「じゃあ、私は行くね。炭治郎、善逸、伊之助。またお喋りしようね」
「凛〜寂しいよぉ…」
「あはは、私もだよ」
「はん!俺は寂しくなんかないからな!」
「そう?私は結構寂しいけどなぁ…」
「……ホワァ」
「凛、どうか気をつけて。無茶だけはしないでくれ」
「ありがとう炭治郎。炭治郎も無茶しちゃ駄目だよ」

そう言って凛は部屋の奥へと移動して、禰豆子が入っている箱をカリカリと指で引っ掻いた。

「禰豆子ちゃん、また遊ぼうね」

凛がそう声をかけると箱の中からカリカリカリカリと、名残惜しそうに箱を引っ掻く音が聞こえる。匂いなんて嗅がなくても分かる。禰豆子も寂しいんだ。仲良く遊んでくれた凛がいなくなってしまうことが。
凛は優しくて、だけどどこか寂しそうな匂いをさせた後、もう一度カリカリと箱を引っ掻いて「いってきます」と禰豆子に声をかけてくれた。

「じゃ、先に行くね。皆は傷が治るまで無茶しちゃ駄目だよー」
「凛こそ無茶すんなよなー!」
「俺様と今度こそ勝負しやがれ!」
「こら伊之助…凛、気をつけるんだぞー!」

俺達はそれぞれの言葉で凛を送り出し、凛は笑顔でその場を後にした。
それは俺達が那田蜘蛛山の任務へ向かう一月前のことだった。

優しい君は禰豆子の友達




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