鼓舞屋敷編 弐


猪頭を被った彼が乱入してからはもう滅茶苦茶で。
彼は炭治郎に刀を向けるし、鬼が鼓を叩くたびに部屋が回転するだけではなく爪痕のような攻撃もしてくるし、かと思えばまた部屋が変わって私と炭治郎とてる子ちゃんは鬼とも猪頭の彼とも違う部屋へ飛ばされてしまった。
しかしそれが功を奏し、てる子ちゃんが探していた連れ去られたお兄さんと合流することが出来たのだった。

「この傷薬はすごいんだぞ!俺の師匠がくれたものだ!」
「包帯もいっぱいあるからね〜」
「凛はいつも包帯を持っているな〜」

そんな風に話しているとてる子ちゃんもお兄さん…清君も安心してきたようで段々と状況を話してくれる。
安心したのも束の間、あの鬼が近付いてきている。炭治郎もすぐに気付いたようで私のことを真剣な目で見据えた。

「凛、俺はこの部屋を出る」
「私も─」
「いや、凛はてる子と清を守ってほしい」

確かにそれが最善だろう。
二人を残しておくのは危険だ。この屋敷にはまだ他にも鬼がいる。何人かの気配は消えたけれど、今ここへ向かっている鬼とは別に最悪でも後一人は鬼がいるのは確かだ。でも……

「炭治郎」

炭治郎は負傷している。骨折していると言っていたし、たまに酷く痛そうにしているのに私は気付いていた。そんな私の心配そうな視線に炭治郎は力強く微笑んだ。

「大丈夫、俺を信じてくれ」

信じろと炭治郎が言うのなら、それを信じるのが仲間である私の役目だろう。
私は深く頷くと炭治郎に笑顔を向けた。

「信じた。二人は私に任せて」

その言葉に炭治郎は楽しそうに微笑んで、ありがとう。と言って部屋を踏み出した。

「叩け!」

炭治郎の声に応えて清君が鼓を叩く。一瞬にして部屋が変わり炭治郎の姿も鬼の姿も見えなくなった。


「…お兄ちゃん、大丈夫かな…?」

てる子ちゃんが心配そうに呟く。
私はてる子ちゃんに背を向けたまま「大丈夫だよ、お兄ちゃんは強いから」と伝えるとてる子ちゃんは安心したような空気を醸し出す。
さて、私は私の仕事を全うしましょう。

「へへへへ、餌がわざわざこの部屋に来てくれるなんてなぁ」

移動した部屋には既に鬼がいたのだ。その事実にてる子ちゃんも清君も恐怖のあまり声すら出せないようだ。良かった、本当に。この二人の側にいることが出来て。
鬼が一直線にこちらに向かってくる。速い──

「風の呼吸 弐の型 爪々・科戸風!」

繰り出した型が鬼を掠め、鬼は不愉快そうに私から距離を取る。この鬼は炭治郎が相手にしている鬼より弱い。大丈夫、守り切れる…

「私と一緒に人間に戻る方法を探しませんか!」

それはいつも私が鬼に聞く言葉だった。ちゃんとした答えが返ってきたことはない。それでも、諦めることだけはしたくなかった。

「人間になんて戻りたくねーよ!死ね!」

そう言って鬼は私──ではなく、てる子ちゃんを狙ってとてつもない速さで向かってくる。呼吸は間に合わない!刀も届くかどうか、……それなら!

「うっぐ……っ!」

てる子ちゃんの前に体ごと庇うように駆け出し、鬼の一撃を腹部に食らう。激痛とともにバキバキッという音が聞こえた。刀を握り直し鬼に一撃を食らわせようとすると鬼は楽しそうにそれを避けて距離を取る。

「ひゃはははは!死ね!鬼狩り!」

しゃがみ込んだ私に鬼は必殺の一撃を食らわせようと向かってくる。後ろからお姉ちゃん!と私を呼ぶてる子ちゃんと清君の声が聞こえる。──それはあまり思い出したくない記憶を思い起こさせた。

「風の呼吸 肆の型 昇上砂塵嵐!」

低い姿勢からそのまま放った一撃は鬼の頚を落とし、鬼は驚いたような表情を最後にそのまま塵となって消えてしまった。
この瞬間がどうしても苦手だ。彼は人間に戻りたくないと言った。だけど、元は人間だったはず。何が鬼達をそうさせてしまっているのか…

「お姉ちゃん!大丈夫……?」
「大丈夫だよ。てる子ちゃん、清君。怪我はない?」
「俺達は大丈夫です…でも…!」
「良かった。二人に何かあったら炭治郎に怒られちゃうよ」

そう言って笑えば、てる子ちゃんと清君も笑顔を作ってくれた。


この後、鬼を倒した炭治郎と合流して屋敷の外へ出ればさっき乱入してきた猪頭の彼と善逸が乱闘…というよりは善逸が一方的に傷つけられていて、それに激怒した炭治郎が猪頭の彼と次は喧嘩を始めてしまった。怪我が痛いはずなのになぁ…

「善逸、大丈夫?」
「凛…痛いよぉ…」
「炭治郎の大切なものを守ってくれたんでしょ?格好良かったよ」
「え゛!?それってもしかして俺とけっ…」
「だから包帯あげるね」
「だーっ!ありがとね!この包帯女!!」 

こうして鼓舞屋敷での戦いを終えた私達四人は、満身創痍の体で山を降り、休ませてもらえるという藤の花の家紋の家へと向かうのだった。

揃って療養




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