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凛が死んだ。 俺は凛とは仲が良かったんだよ。素直で泣き虫で怒りっぽくてさ。炭治郎に守ってくれよと俺が泣きつくと、凛は俺は男だから女の私を守って!なんて言いながら炭治郎の取り合いをよくしてたんだ。 なんとなくさぁ、俺達は死なないんだと思ってた。俺は弱いけど、炭治郎も伊之助も凛も強いから。単独任務に行ってもいつも皆帰ってきたからさ、だから、帰ってこない奴がいるなんて思ってもなかった。
「……炭治郎、」
炭治郎から、信じられないほど痛々しい音が聞こえる。こんな音、俺は聞いたことがない。炭治郎相手ではなく誰が相手でもこんな張り裂けそうな音は初めて聞いた。
「…炭治郎、……凛、は…?」
嫌な予感しかしないのに、そんなことしか聞けない。 鬼殺隊は比較的綺麗な遺体は持ち帰りちゃんとまとめて弔うのだが、損傷の酷い遺体はその場で弔うことになっている。あまりにも凄惨な遺体を町中に持ち込めば注目を浴び、鬼殺隊の存在が公になってしまうためだ。 今まで帰って来れなかった隊士は沢山いた。だけど、まさか。
「………っ」
炭治郎が無言で首を横に振る。俯いたまま顔を上げてくれなかったけど、それでも俺に見えるほどぼろぼろと大きな涙を溢していて、それだけで全て分かってしまった。──凛は帰って来れなかったのだと。 ぼろぼろと、俺の両目からも涙が溢れた。何も言えない、言葉が出ない。どうして、どうして凛が。
「お、俺……っ、」
炭治郎が嗚咽と共に口を開く。自分の鼻を啜る音がうるさい、耳障りだ。
「凛、に……告白されて、……っ断ったん、だ…」
知ってる。知ってるよ炭治郎。 本人からも聞いてたし、お前達はあまりにも素直すぎて見てるだけで丸分かりだったから。
***
「うわーーー!!」 「うわーーー!?」
突然後ろから飛びつかれ心臓が飛び出るかと思ったわ!飛びついてきた人物に目を向けると少しだけ目が赤い。なに、何かあったの?
「びっっっ…くりしたわ!合図をしろ合図を!」 「飛びつきまーす!」 「おっそ!!」
いつも通りに騒がしい凛があはは、と笑う。だけど少しだけ悲しい音もさせていた。珍しいな、凛はいつも曇りがないほど楽しそうな音を鳴らしてるのに。
「何かあったの?」 「え?」 「炭治郎以外に抱きつくの珍しくない?」
炭治郎という言葉にうっ、と凛が困ったように笑う。あ、これはまさか…
「……もしかして、炭治郎に振られた?」 「え! なんで分かるの!?」
うーん、素直!心配になるほど素直! 凛は本当に、心配になるくらい分かりやすいんだよなぁ。一緒にいるとなんていうか、ああ…俺がしっかりしなきゃなと思ってしまうほどに。俺には家族がいないから分からないけれど、妹がいたらこんな感じなのかもしれない、なんて思ったり。
「告白しただけ凄いって。勇気もいるし、頑張ったじゃん」 「善逸うぅ優しい!」 「ぐぇえ!苦しい!」
ぎゅうぅっと凛が抱きついてくる。失礼かもしれないけど他の女の子にこんなことされたら興奮死すると思うけれど凛だけは別だ。ほんと、別枠なんだよね俺の中で。
「でも、断られたら気まずくなるとか思わなかったわけ?」 「んー、言えないで後悔するほうが嫌だからなぁ」
確かに。俺達は鬼殺隊で、いつ死ぬか分からない。現に俺も炭治郎も伊之助も凛も、何回も死にかけたことだってある。言い残したことがあれば未練も残るだろう。
「でも気まずくはならない予定!」 「どういうこと?」 「私がいつも通りにするって決めたから!」
だから大丈夫なのでーす!と凛が笑顔で言う。大した奴だよほんと。
「でもね、善逸!」
その時凛が言った言葉を、俺は生涯忘れなかった。
それから凛は感心するほどいつも通りだった。きっと聞いていなければ凛が炭治郎に告白したということは分からなかっただろう。──凛だけを見ていれば。
(あらら…)
問題なのは炭治郎のほうだった。 明らかに凛に対して気まずそうにしてるし、どこか元気がない。振られたのは凛だって聞いたけど、どう見ても炭治郎が振られたように見えるくらい炭治郎は落ち込んでいた。 いや、悲しいことにさ!?振って落ち込むなんて経験したことないから炭治郎になんて声をかけたら良いか分からないわけ!告白されたことがないから!畜生!
そんなある日。炭治郎から珍しく不機嫌な音が聞こえてきた。一体何に怒ってるんだろう。禰豆子ちゃん絡みか?それなら俺も怒るから教えてもらおう。
「炭治郎、どしたの?」 「あ、…善逸」 「なんでそんな…ってあれ、凛?」
炭治郎の目線の先には凛と男隊士が楽しそうに話している姿がある。え?ん?
「なに、気になるの?」 「な、何がだ」 「いや何って……」
あれ。もしかしてこれって…
「お、俺はもう行くな。善逸、またな!」 「え、あ炭治郎…」
炭治郎は逃げるようにその場を後にした。 おいおい凛。これってもしかしたらまだ諦めなくても良いんじゃないか? 凛に伝えるかどうか悩んで、俺は暫く静観することに決めた。こういうのは当事者同士の問題だし俺が掻き乱すのも違うと思ったから。 だけど俺は炭治郎も凛も好きだから、2人が上手くいって笑い合ってくれたら嬉しいな、なんて密かに応援してたんだ。
──こんなことになるなら、教えてやれば良かったのかなぁ。
***
凛が死んだ。 もう、凛は俺に笑いかけてくれない、喋ってくれない、名前を呼んでくれない。 帰ってくることすら出来なかった凛。最後に何を思った?まだ死にたくないと、助けを願ったのだろうか? 何も分からない。今回の彼女の向かった任務先は上弦の鬼に襲われ現場に駆けつけた隊士は全滅してしまったのだから。遺体も1人も帰ってきていない。だけど、隠である後藤さんに聞いたんだ。凛はどんな風に亡くなっていたか教えてくれって。
「……竈門。知らない方がいい。お前が斎藤と仲良くしてたのは知ってる。だから俺は、アイツの最後の姿を絶対にお前に教えない」
後藤さんは凛の最期を教えてくれなかった。それがますます、彼女の凄惨な最期を想像させた。
いつの間にか俺の元へ駆け付けてくれた善逸はぼろぼろと泣いていて、俺もぼろぼろと溢れ落ちる涙を止める事は出来なかった。凛は俺達にとってかけがえのない仲間で、俺にとって、
「……好き、だったんだ……っ」
独り言のように声が漏れる。
「やっと、好きだって……っ、気付けて、…帰ってきたら、…つ、伝えるって……俺…っ」
帰ってきたら伝えようって思ってたんだ。だから凛がいつ帰ってくるか毎日気になって、ドキドキして。人に恋心を抱くとこんなにも毎日そわそわするのか…なんて思って待っていたんだ。
『言える時に言わないと後悔するのやだからさぁ』
いつかの凛の声が聞こえた気がした。 ああ、本当にその通りだ。俺はいつも判断が遅い。どんなに後悔しても治らない、俺の悪い癖。 伝えたかった。もし駄目でも凛のことが好きだと声に出して伝えたかったよ。 もう二度と叶わないその気持ちに俺はまたしても涙を溢すと善逸は俺のことを強く抱きしめてくれた。
「……凛、さ」
嗚咽混じりの善逸の声が聞こえる。
「炭治郎のこと好きになって、良かったって…言ってたよ……」
その言葉に笑顔で微笑む彼女の姿を思い出し、俺は声を出して泣くしかなかった。
『でもね、善逸!』 『私、炭治郎のこと好きになって良かった!』
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