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アタシはこの時代では凛となかなか付き合いが長い。少なくとも今一緒に昼食を食べている竈門や我妻よりは長く時間を過ごしてきた。
「凛は今日の小テストどうだった?」 「え? う、うん…ふ、普通!」 「そうか! 凛は頭が良いんだな」 「ふ、普通だよ普通!」 「良かったら今度一緒に勉強しないか?」 「ほ、ほぁ!?」
そんなアタシじゃなくても凛のここのところの変化には誰でも気付くんじゃないかってくらい凛は竈門に対して態度が変わった。 挙動不審だし、竈門に話をかけられると顔を真っ赤にさせちゃってるし。 アタシはそういう女を昔よく見た。遊郭にいた頃、客の男に本気で惚れた遊女達だ。顔を赤く染めて、その客が来ると浮き足立つ遊女達。馬鹿じゃないの。としか思っていなかった。アタシ達は「商品」でアイツらは「金づる」なのに。
だけどこの子は。凛と竈門は違う。 遊女と客という縛りなんてなくて、ただの「女子学生」と「男子学生」だ。そしてお互いを想いあっているのなら──きっとそれは幸せなことなんだろう。アタシにはよく分からないけど。
「アンタ、竈門に惚れたの?」 「え、えぇ!?」
次の授業の用意をしている凛にそう聞くと凛は顔を真っ赤にさせて素っ頓狂な声を出す。初めて見る凛の顔。答えなんて聞かなくてもその顔を見るだけで分かる。
「どこがいいのよ、あんな奴の」
そう聞くと凛はもじもじと口籠もった後、恥ずかしそうに笑いながら口を開いた。
「…わ、私のこと、好きって言ってくれてたから…」
嬉しくて気になっちゃって、いつの間にか? 凛は本当に幸せそうに言う。何よ、それ。アンタ誰かに好きって言われたらそいつのこと好きになるわけ?アタシは誰に好きって言われても好きにならなかったわよ。──アンタ以外。
「アタシだってアンタのこと好きよ」
そう言うと凛は目をキラキラに輝かせてアタシに抱きついてきた。
「梅ちゃーん!私も大好きだよ!!」
本当に好きなのよ、大切だと思ってるし、…一番の友達だと思ってる。 だから生半可な幸せじゃなくて、最高に幸せになってくれなきゃ駄目なのよアンタは。
***
帰り支度をして炭治郎と一緒に凛と梅ちゃんのクラスへ迎えに行く。それが最近の俺達の帰りの流れだ。荷物を鞄に詰めて炭治郎の元へ行くと炭治郎は嬉しそうに顔を綻ばせていた。 何があったかは分からないけれど、最近炭治郎と凛はなんというか、良い感じだ。というかどう見ても凛が炭治郎に惚れたように見えるんだけど…炭治郎は気付いてるのか、それとも凛に会えるのが嬉しいだけなのか。まあどっちにしても炭治郎が嬉しそうだと俺も嬉しいから良いんだけどさ。 ……ってアレ?もしも炭治郎と凛がくっついたら俺どうするんだろう?梅ちゃんと2人でご飯食べたり帰ったりするわけ?いやいや無理でしょそれは色々と。 そんなことを考えていると入り口がざわつく。あれ、なにこのデジャヴ。炭治郎も同じことを考えたのか向かってくる人物に目を向ける。
「ちょっと顔貸しなさいよ」
初めて梅ちゃんときちんと話した時と全く同じように梅ちゃんが腕を組んで俺達にそう言った。
***
最初の時と同じように校舎裏へ連れて来られた俺達は梅ちゃんの言葉を待つ。梅ちゃんは炭治郎をジロリと睨んで口を開いた。
「ねえアンタ、凛のどこが好きなの?」 「どこも何も、全部。俺は凛が好きだ」
即答で炭治郎が答える。それは紛れもない本心で、いつも炭治郎の心にある想いだから。
「ホントに? アンタが好きなのは前世の凛じゃなくて今の凛だって胸を張って言えるわけ?」
うっ、痛いところをつくな。 梅ちゃんが言っていることは俺達にはどうやっても避けられないものだ。 俺達には前世の記憶がある。どうやってもその記憶と今を切り離すのは無理だ。凛は見た目も中身も昔のままで、だけど記憶がないから別人で。そのズレには正直俺も戸惑っていた。 違うと分かっていても結びつけてしまうのだ。昔の凛と今の凛を。それは、今を生きる凛にとっては失礼なことだろう。
そして俺以上にきっと炭治郎はそれを感じている。前世の記憶を自覚してからずっと凛を探してきた炭治郎。見つけられた時は嬉しかったと思うし、記憶がないと分かった時は寂しかったと思う。それでも凛を好きだと言い続ける炭治郎。そこに過去の未練はないのかと問われて、炭治郎はなんと答えるのだろう。
「……俺はもう、後悔したくないんだ」
後悔。炭治郎の前世を言葉にするのなら俺もその言葉が相応しいと思ってしまった。 それほどに炭治郎は、悔いて悔いてあの時代を生きたのだから。
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