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「凛!」
帰り支度をしていると突然大きな声で名前を呼ばれ、私以外もその声のしたほうへ目を向ける。そこには少し息を切らせた炭治郎が立っていて私以外は興味をなくしたように彼から目線を外す。名前を呼ばれた私はひとまず荷物を持たずに炭治郎の元へと歩み寄れば炭治郎はいつものように優しげに微笑んだ。
「炭治郎。どうしたの?何か急ぎの用でもあった?」 「い、いや、そうじゃないんだが…いや、そうでもあるのか…?」 「?」
要領を得ない炭治郎の言葉に首を傾げる。
「あ。今日は梅ちゃんは先に帰っちゃったから、一緒に善逸を迎えに行って帰ろっか」 「ぜ、善逸も今日は一緒に帰れないみたいで」 「え?そうなの?」 「う、うん」
…なんだか炭治郎が見たこともないような変な顔をしてるけど、あまり気にしない方がいいのかな。 私はそんな炭治郎に笑顔で「ちょっと待っててね」と言ってまとめ終えていた荷物を持って再び炭治郎の元へと駆けつける。
「じゃあ、帰ろっか!」 「! ああ、帰ろう」
炭治郎が凄く嬉しそうにそう言う。 その表情を見るだけで私までとても嬉しい気持ちになってしまうから困ったもんだ。
『炭治郎が好きなのは梅ちゃんじゃなくて凛だよ』
不意に昼に善逸に言われた言葉を思い出す。 私は、炭治郎は私ではなく梅ちゃんが好きなのだと思った。私ではなく梅ちゃんを呼び出す男子はいつもそのまま梅ちゃんに告白をしていたから。だから、炭治郎も結局は梅ちゃんが好きだったんだなぁって。そう思うとちょっとだけ寂しかったんだけど…善逸は大真面目な顔で私に炭治郎が好きなのは私だと告げた。 炭治郎と善逸は本当に仲が良い。一緒に話していてもお互いのことを信頼しているのが手に取る様に分かる。そんな善逸が、炭治郎の好きな人は私だと…
(うっ、意識しちゃう……)
いやそもそも。元々炭治郎は私に好きだと、更には結婚してくれととんでもないことも伝えていた。あの気持ちは嘘ではないし、今でも変わってないのかな? ちらっ、と隣を歩く炭治郎の横顔を覗き込むとその視線に気付いた炭治郎は「ん?」とその整った顔を綻ばせて私の顔を覗き込み返してくるのだから本当に心臓に悪い。 こんなイケメンと2人きりで帰って私緊張で死なない?というか炭治郎のファンに殺されない!?
いつもは梅ちゃんや善逸に救われてたんだなぁ、と2人の有り難さに気付きながら私は炭治郎と一緒に帰路へとつくのだった。
***
謝花に背中を押され、善逸に喝を入れられ今俺は凛と2人で帰り道を歩いている。
昼に謝花と遅れて屋上に行くと、そこには涙を流す凛と善逸の姿があった。ハッキリ言って何が起こったのか全く分からなかった。善逸は女の子を泣かすようなことをする奴ではないし、凛の泣き顔をこの時代では初めて見たのだ。な、何が。何があったと言うのか。 教室に戻ってから善逸に尋ねると、
「炭治郎。お前は凛が好きなんだよな」 「? 好きだ。善逸は知っているだろ」 「うん、知ってる。だけど俺が知ってても意味はないんだよ。前世からの親友のアドバイスをよく聞けよ?炭治郎、お前は凛に自分の気持ちをもう一回ちゃんと伝えるんだ。もう後悔したくないなら、凛の気持ちをちゃんと繋ぎ止めること」
善逸は凄く真面目な顔で俺にそう言ったのだ。 善逸と凛の間に何があったのかは分からない。だけど、なんとなくだけど。凛が泣いたのは俺のせいなんじゃないかと思った。 前世でも俺は凛のことを傷付けて、だけど凛はそれを俺に見せないように明るく振る舞ってくれて。この時代でも凛は善逸の前では涙を流すのに俺の前では流してくれない。 ──それが堪らなく悔しくて、不甲斐ない。
凛と2人で帰るのは初めてだったけど、どこか少し気まずい雰囲気でますます焦ってしまう。だって、善逸とは2人で普通に過ごしていたんだろう?涙を流せるほど打ち解けて…… ぶんぶん、と頭を振る。俺は大馬鹿者だ。何故、あんなにも俺達のことを応援してくれている善逸に……嫉妬してるんだ。 頑張れ炭治郎、頑張れ!逃げるな、もう後悔はしないって決めたんだろ!
「凛!」 「は、はい!」
足を止めて彼女の名前を呼ぶと思ったよりも大きな声が出てしまう。 そんな俺の声に驚いたように返事をしてくれた凛が、真っ直ぐと俺の目を見つめてくれる凛が愛おしい。
「凛、好きだ。大好きなんだ。…俺は善逸みたいに頼りにならないかもしれない。それでも、誰よりも凛のことを愛してる。だから俺と……」
今の時代には不釣り合いな言葉だということはわかっている。だけど俺はあの時言えなかった言葉をどうしても彼女に伝えたかった。
「恋仲になってくれないか?」
その言葉をいった瞬間、凛の両目からぼろぼろと涙が溢れた。それには俺だけでなく凛自身も驚いてた。
「あ、あれ?なにこれ。勝手に涙が出て…」
ぼろぼろと凛の涙は溢れ続ける。 それはまるで、凛の魂の中に眠っていた過去の彼女の涙のようにも見えて、俺もぼろぼろと涙を流して凛を抱き締めた。
「ごめん、ごめんな凛…!俺はいつも判断が遅くて、本当は嬉しかったんだ。だけど、言い訳ばかりして凛の気持ちに向き合えなかった。ごめん、ごめん…!」
ぎゅうっ、と凛を思い切り抱き締める。 本当なら前世でも任務から帰ってきた凛に想いを伝えたかったんだ。好きだと言ったら凛はどんな顔をしてくれた?喜んだかな、今更だって怒ったかな。どんな反応が返ってきても想いを伝えようと決めていたんだ。 だけど凛は帰って来なくて俺は悔いて悔いて、自分のことがずっと許せなかった。
この時代に生まれて、前世の記憶が残っていると分かった時は気が狂いそうだった。数々の悲しい記憶も勿論だが、死んでも俺は凛に伝えることが出来なかったという後悔を捨て切ることが出来なかったのだから。自分自身が許せなくて、これは死んでも許されない罰なのだと思った。 だけど今は感謝しかない。この時代で、記憶こそないけれど凛に前世では言えないことを伝えられたのだから。俺は、凛が好きだ。 ずっと言いたくて、一生伝えられなかった言葉を聞いてくれてありがとう、凛…!
***
今私はとても困惑している。多分生きてきた中で一番混乱してるんじゃないかな。 炭治郎に好きだとハッキリと伝えられて嬉しかった。嬉しい、と返そうと思ったら突然目から涙がぼろぼろ溢れて。なにこれ?昼に泣いたから涙腺バグった? そんなことを考えてると炭治郎に思い切り抱き締められて、いや展開早くないか!?と若干パニックになっていたら何かよく分からないけれど炭治郎がいっぱい謝ってきて…?
やばい、分からない。 何故か流れていた涙も流石の衝撃にパッタリと止まってしまったし、何の話?とか分からないよ?って言える雰囲気でもないうえに抱き締めてる炭治郎の力がどんどん強まってるし。 何が正解?私どうしたらいい?ちょ、誰か!解答求む!
「た、炭治郎!」
私が凛を呼ぶと炭治郎の肩がぴくりと揺れる。相変わらず抱きついたまま離してくれないしぐすぐす、と嗚咽まで聞こえてくるのでとりあえず背中に手を回してぽんぽん、と優しく撫でればますます炭治郎の腕に力が入る。ぐぇ、
どうするか悩んだけれど嘘は良くないと言うか、私は嘘が下手だから本当のことを言おう。
「わ、私には何のことかさっぱりだけど!多分、炭治郎がそんなに謝って許してくれない人はいないと思う!それでも足りないって言うのなら私もその人に一緒に謝りに行くから、元気出して!」
私の言葉に炭治郎が顔を上げてぽかん、と目を見開いて私を見つめ──はははは!と目に涙を浮かべたまま笑い出す。 せ、正解?笑ってるからセーフ?
「…本当に凛は凄いな。」 「え、えへへ?そうでございまするか…?」 「うん。俺はきっと、何度生まれ変わっても凛のことを好きになる。出会えて良かった…」
あ、またその顔。 炭治郎は今だけではなくて時々私を通して私ではない「誰か」を見ている気がする。誰かに私を重ねているのだろうか?炭治郎のお母さんに似てるとか?知らないけど! だけど私は私だし、ちゃんと私のことを見なさいな!
「あーもー!よく分からん!よく分からんけど炭治郎は私のことが好きなんですか!?」 「好きです!」 「おーけー!私も炭治郎のことが好きです!なので!よろしくお願いしますってことでいいかな!?」 「い、良いのか!?」 「聞き返さないでよ恥ずかしいー!こんなの初めてなんだからね!」
私の言葉に炭治郎が愛おしげな表情で私を見つめる。うっ、そんな顔で誰かに見られたことなんて炭治郎以外にないから本当に慣れない。 慣れないけど、これが、彼女になったということで良いのでしょうかね!?
「凛」
手を握られる。か、顔が近い。
「ありがとう。絶対幸せにするからな」
まるでドラマの1シーンのように炭治郎が言う。 いや、嘘でしょ。普通の一般人がこんな台詞を言いこなすって何事?とにかく顔がいい。竈門炭治郎、顔がいいよ…!
「よ、おめでとう!」 「若いって良いわねぇ」
その声にハッと我に返り周りを見ると通りすがりの方々が拍手をしてくれている。 待て待て、そういえばここは帰り道で。炭治郎が足を止めたのは本当に普通の道で。つまりその、私達の一世一代の告白は見ず知らずの方々に見られて…!?
「う、うぉわぁ!?た、炭治郎、は、走ろ!?」 「凛?どうしたんだ?」 「ま、周りを見ろーー!!」
炭治郎の手を握ってほら!と言えば炭治郎はそんなことにも嬉しそうに顔を綻ばす。うっ、好きだ。 こうして斎藤凛と竈門炭治郎は付き合うことになりました。
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