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帰りのHRが終わり帰り支度をしていると入口付近がざわつく。今回で3度目だというのに毎回周りをざわつかせることの出来る彼女はやはり周囲から一目置かれているのだろう。 そして彼女が目指すのはここで、そろそろクラスメイトもそれを理解し始めたので以前のような刺さるような視線は減った。…無くなってはないけど。
いやそんなことよりもですね。
「無罪です!!」 「はぁ?」 「いや、確かに凛は泣いてたけど決して俺が泣かせた訳ではなくてですね…!?」
俺の目の前で足を止めた梅ちゃんに開口一番自分の無実を口にする。いやだってお昼のあれから梅ちゃん、俺に一切口聞いてくれなかったからね!?もしかして本気で俺が凛を泣かせたと誤解されたらまずい気が。 いや、あれ?結果的には俺が泣かせたのか? ……だけど!泣かせようと思って言葉を投げかけたわけではないんです!
「…あぁ。凛から聞いたわよ。そんなことどうでも良いから一緒に帰るわよ」 「あ、うん。炭じ──」 「違うわよ。アンタとアタシの2人で帰るのよ」
炭治郎を呼ぼうと声をかけようとすると梅ちゃんに静止されそう言われる。 え?梅ちゃんと?誰が?俺が!?
「2人きり!?」
俺がそう言うと梅ちゃんはそれはもう可愛らしい顔を見事に引き攣らせる。いやごめんって…
「善逸、謝花?どうしたんだ?…凛は?」
俺達の元へ帰り支度を終えた炭治郎がやって来てそう言う。どうやら梅ちゃんは炭治郎にも何も言ってなかったらしい。えっと…と梅ちゃんのほうを見ると梅ちゃんは腕を組んで炭治郎のことを真っ直ぐと見つめる。
「今日はアタシ達、別々に帰ってあげる」 「え?」 「アタシに殺されたくないんでしょ?…早く凛を迎えに行きなさいよ」
その言葉に炭治郎は目を見開いた後、うん。と力強く頷いた。
「…ありがとう!謝花、善逸!本当にありがとう!」
そう言って炭治郎は俺達を残して教室を飛び出して行った。 炭治郎と梅ちゃんがどんな約束をしたのかは聞いてない。殺されたくない、とか物騒な言葉は聞こえたけど2人の間に殺伐とした雰囲気はなかった。上手く和解出来たってことかな…良かった。
「梅ちゃん、ありがとう」 「はぁ? 凛のためであってアンタ達のためじゃないわよ」
ふん、と梅ちゃんが顔を逸らす。 本当にこの時代では凛と梅ちゃんは仲が良いんだな。思えば、凛は前世の時から人懐っこくて誰とでもすぐに仲良くなったけれど、警戒心の強い梅ちゃんにここまで好かれるのは凛の人柄があってこそなんだと思う。 正直に言えば俺も前世では耳が良かったから人は常に警戒してたんだ。信用したい音と信用出来る音は違ったから。 だけど、炭治郎や禰豆子ちゃんや伊之助。そして凛はすぐに信用出来たし、信用出来る音も鳴らしていた。そこにあの明るい性格が合わされば梅ちゃんすら絆すことの出来る凛は末恐ろしいな。
「梅ちゃんは本当に凛が好きなんだね」 「好きよ。竈門になんてあげたくないくらいにはね」
だけど梅ちゃんは凛のために身を引いた。炭治郎が凛を好きで、凛もきっと炭治郎が好きだから。それなら自分の好きな凛がより幸せになれる方へ。例えそれによって自分が寂しい思いをしても梅ちゃんは自分より、大切な人の幸せを願える子なんだ。
「凛は良い友達を持ったなぁ」 「当たり前でしょ。凛の親友はアタシだけよ」
前世では敵同士だった俺達と梅ちゃん。 だけど時代が違って出会いが違って。初めて俺は「謝花梅」という女の子がどんな女の子なのかわかった気がした。 可愛くて美人で、だけどちょっと怖くて。…そして凛のことをきっと一番に思ってる凛の親友。
そのまま昇降口まで特に会話もなく移動をしてお互いに靴を履き替える。 うん、もっと梅ちゃんと話してみたいな。…ちょっとはまだ怖いけどね!?
「梅ちゃん、帰りに美味しいものでも食べてく?」
俺がそう言うと梅ちゃんは少しだけ驚いた顔をした後に、ふんっと悪い笑顔を浮かべた。
「アンタの奢りならね」 「勿論! 女の子にお金なんて払わせな─「梅ぇ」
あれ? なんか遠い過去に聞いた覚えのある声が俺の声に重なった気がするんですけど?
「お兄ちゃん!」 「今日はバイトが休みだからよぉ、迎えに来たぞ」
じょ、上弦の陸が揃ったあああああ!? う、嘘すぎでしょ!?いや、梅ちゃんがいるしそっか!?お兄様もいる可能性はあるよね、そっか!? と、というか記憶!記憶はあるんですか!?
「お兄ちゃんはアンタのことなんて覚えてないわよ」
俺が顔を真っ青にしてガタガタと震えているのを見て梅ちゃんは見兼ねたようなそう言う。 そ、そっか…お兄さんの方は記憶がないんだ…。 それは少しだけ、寂しいかもしれないね。
「あ? なんの話だぁ」 「なんでもない!お兄ちゃん早く帰ろ!」
そう言って梅ちゃんはお兄さんの腕に嬉しそうに抱き付く。それがいつも通りだと言わんばかりにお兄さんも気にせずにそのままこの場を立ち去った。 記憶のある炭治郎に梅ちゃん。記憶のない禰豆子地ちゃんに梅ちゃんのお兄さん。記憶の有無はあってもまたこの時代でも兄妹として生まれてきてとても仲良さそうにしているのを見ると俺まで嬉しくなってしまう。 前世はどうしてもままならないこともあって、辛いことも叶わないことも沢山あった。 俺は俺の目の届くところにいる人達にはこの時代では幸せになってほしいって本気で思ってる。 勿論俺も!幸せになりたいしね!
「ってあれ。俺もしかしなくても帰り一人…?」
梅ちゃんも先に帰ってしまいぽつん、と残された俺はそんなことを呟く。いやまあ良いけどさ?寂しくなんてないし!?
「紋逸じゃねーか。何一人で突っ立ってるんだよ」 「あれ? 伊之助部活は?」 「やめた」 「辞めたぁ!?お前陸上続けるって言ってたじゃんか!朝も昼も放課後も練習頑張ってたのにまたなんで…」 「アイツら練習しねーで女と遊ぶことしか考えてねーからアホらしくて辞めてきたんだよ。権八郎は一緒じゃねーのか?」
成程。この感じだと明日からは伊之助も昼や帰りに合流しそうだな。丁度良い、今日のうちに今までの流れを説明しておくか。
「炭治郎はちょっと用事があってさ。伊之助暇なら帰りどっか寄ってかない?」 「天ぷら食いに行こうぜ天ぷら!」 「んな高いもん食いに行けるか!」
さて。明日記憶のない伊之助に会って梅ちゃんはますます嫌な顔をするかな。それとももう慣れたって言うかもしれないな。 そんな様子を想像しながら、俺は伊之助と一緒に昇降口を出るのだった。
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