11/14
炭治郎は昨日の返事を梅ちゃんにすると言っていた。 梅ちゃんが炭治郎に言った炭治郎が好きなのは前世の凛じゃなくて今の凛だって胸を張って言えるかという問いは本当に痛いところを突いてきたと思っている。 どんなに切り離そうとしても俺や梅ちゃん、そして炭治郎には前世の記憶がある。記憶通り笑う凛を見て前世と結びつけるなというほうが無理なのだ。 それでも炭治郎は、
「俺は凛が好きだよ。昔も今も変わらず凛に惹かれてる」
俺の目を真っ直ぐに見てそう言ってくれたんだ。 炭治郎の想いは本物だと思う。最初はもしかしたら前世の凛を引きずっていたかもしれないけれど、ちゃんと一緒に時間を過ごしていくうちにこの時代の斎藤凛のことも好きになれたのだろう。良かった、前世の時みたいに後悔することはなさそうだな炭治郎。
「炭治郎さぁ…」 「ん?」
凛が炭治郎の名前を口にする。そういえば今日はいつもより口数が少ないな?いつもは喧しいほど喋ったり笑ったりしてるのに。え、もしかして俺何かした?
「……何でもない!この新作のパン当たりだったなぁ!」
善逸も食べる?と凛が笑顔で言う。俺は今は昔みたいに耳が良くないけど、凛とは仲が良かったんだ。だから、流石の俺だって凛の様子が変なことくらい分かった。
「何? なんかあったの凛?」 「え?」 「元気ないじゃん。炭治郎がいないから?」
凛が違うよ、と言って困ったように笑う。 隠し事をする時凛はいつもそうやって困ったように笑うんだ。音が分からなくたって俺には分かる。何隠してるんだよ凛。
「私、さ」 「うん?」 「もしかしたら、炭治郎のことちょっと好きだったのかなーって」
その言葉に昼食のパンを取り出しかけてた俺の手が止まる。 凛が炭治郎のことを好き、「だった」? いやいや待て待て。
「え?な、なんで過去形なんだよ」 「えっと……炭治郎って、梅ちゃんが好きなんだよね?」 「はぁ!?」
思わず大きな声が出てしまい凛が驚いたような顔で俺を見る。いやだって、何をどう考えたらそんな考えに至るわけ?あんなにも凛に対して好きだとアピールしてる炭治郎を見て、どうして自分じゃなくて梅ちゃんが好きだと思えるんだ…?
「ご、ごめん善逸! いつもこうなの、その。私と仲良くしてくれる男の子って皆梅ちゃんが好きで、私は通過点っていうか?私も梅ちゃんのこと大好きだから皆の気持ちも分かるし、ただ、私が今回だけはちょっと炭治郎のこと好きになりかけてただけで…」
ごめんね、迷惑かけて。と凛は訳の分からない謝罪をしてくる。 凛が口にしたのはあまりにも寂しい現実だ。凛が今一緒に行動しているのは前世では花魁としても名を馳せていた誰がどう見ても美人な梅ちゃん。凛は俺から見ても普通に可愛らしいし、そんなに自分を卑下しなくても良いと思う。だけど、梅ちゃんの隣にいたことで彼女は自分の「女」としての価値を自分自身で殺してしまったんだ。そうしなければ、心が守れなかったから。 それは梅ちゃんのせいではなく、梅ちゃんのことが好きだった心ない男達のせいだろう。
──こんなことになるなら、教えてやれば良かったのかなぁ。
過去の自分の声が脳裏を過った。
「凛。凛は通過点なんかじゃない。炭治郎はそんな奴じゃない。凛のことが好きで、真っ直ぐで、嘘をつかない奴だよ」 「……で、でも…」 「梅ちゃんは確かに可愛いけどさ、凛は凛で他の誰にもなれない。炭治郎が好きなのは梅ちゃんじゃなくて凛だよ」
ぽろ、と。凛の目から涙が溢れる。 梅ちゃんは凛にとって大切で大好きな友達だけど、いつも比べられて傷付いてきたんじゃないかな。……そんな凛を幸せに出来るのは炭治郎、お前しかいないんだから早く戻ってこいよ。
「凛、善逸、おまたせ!………って、え!?凛、ど、どうしたんだ…!?」 「は!? アンタ何凛のこと泣かせてるのよ!?」
待って!?早く戻ってこいって確かに思ったけど早すぎるし完璧に誤解されてるんですけど!?嘘すぎない!?
「ぜ、善逸…!?俺がいない間に凛に何を…!?」 「いやいやいやいや誤解!誤解だから!」 「アタシの凛に何してくれてんのよ殺すわよ!?」 「嫌な記憶が脳裏を巡るよ!?許して!?」
「…あっはは!」
捲し立てられる俺を見て凛は楽しそうに笑う。いや笑ってないで助けてください!! その後凛が弁明をしてくれたおかげで俺は何とか殺されずに済むのであった……洒落にならない!
← →
[back]
|