※「最後の約束」「今生の約束」の続き


夢を見ている。とても懐かしくて、暖かい夢を。

「生まれ変わっても…凛に出会いたい」

俺はもうすぐに死ぬ。それこそ、次に目を閉じれば開くことはないだろう。自分の命の終わりくらい分かる。だから、無理かもしれないけれど凛に我儘を言った。生まれ変わってもまた出会いたいと。

思えば俺は凛には迷惑をかけてばかりだったな。自由の効かない片腕やほとんど見えない右目はやはり日常生活を送るのも手一杯で、そんな時支えてくれたのは禰豆子と善逸と伊之助と、そして凛だった。
どんな時でも側にいてくれて、迷惑をかけてごめんと謝れば叱られてしまったことを思い出す。

「私が好きでやってるのに謝らないで。どうせならありがとうって。…私を喜ばせたいなら好きだよって言って?」

頬を赤くして可愛らしく笑う凛を喜ばせたくてお望み通り「大好きだ」と言えばやっぱり嬉しそうに笑う凛が愛おしかった。
五人で過ごす家はいつも賑やかで暖かくて優しい匂いに包まれていて、幸せだった。最後の瞬間まで俺は幸せだったと胸を張って言える。
俺の側にはいつも誰かがいて、凛はほとんど俺と一緒にいてくれた。凛はまるで俺の左手になってくれたように動き、右目になってくれたように俺には見えなかったものを言葉で伝えてくれたのだ。
痣の影響で体がだんだん思うように動かなくなってもそれは変わらず、心はいつも自由だった。俺の代わりに凛が動いて、見て、伝えてくれる。こんなにも甘えて良いのかと思いながらも、凛からはいつも幸せそうな匂いがしていた。自分の匂いはわからないけど、きっと俺からも同じ匂いがしてたんだと思う。それほど、彼女に甘えさせてもらった最後の数年は幸せだった。

「絶対に見つけるよ、炭治郎。何度生まれ変わっても私は──」

嘘のない真っ直ぐで大好きな匂いがする。

「── 貴方を好きになる」

俺もだよ、凛。
きっと何度生まれ変わっても、この記憶がなくなってしまったとしても凛のことを好きになる。…ああ、俺も必ず凛を見つけるよと言いたいのにもう言葉を発することが出来ないみたいだ。
だけど、凛。もしお互いに記憶がなかったとしてもきっと俺達はまた出会えるよ。なんとなくだけど、そう信じているんだ。
だから先に逝く。凛が俺から一緒に死のうと言ってもらえるのを待っていたのは気付いていた。だけど、それだけは言えない。俺は凛に一緒に死んでほしいのではなく、一緒に生きてほしいから。
…なんて、残していく俺が言うのもお門違いなんだけどな。
次に会う時は絶対に一人にしないって約束する。
だから、ありがとう凛。大好きだった。



***


目を覚ますと見慣れた天井が広がっている。隣を見れば規則正しく呼吸をして眠っている凛の姿があり、両目からは止まることなく涙が溢れていて俺はそれを拭うこともせず凛の頭を撫でた。

「ぅ、ん…?」

凛。凛、凛…!
凛だ。彼女は、紛れもなく凛で、そうだ俺は、今まで忘れてしまっていたんだ。彼女のことも、彼女との約束も。

「…? たんじろ、泣いてるの?」

凛が薄らと目を開けてそう言う。ぼろぼろと涙は全く止まる気配がない。凛はそんな俺を見て優しく抱きしめてくれる。

「怖い夢でも見た?…大丈夫、怖くないよ」

優しい声に縋り付くように凛を抱きしめる。
俺は忘れてしまっていたというのに凛は俺と初めて会った時にはもう全てを思い出していたんだ。あの時、あんなにも泣きながら俺を見つけ出してくれた。それなのに俺は全然思い出せなくて、一体どれだけ凛に寂しい思いをさせただろう。

「凛、…ごめん……っ」
「? 炭治郎…?」
「ごめん、俺、今まで全部、忘れてて…凛は俺を、見つけてくれたのに…」

その言葉に凛は俺を撫でていた手を止め、起き上がる。俺も凛を追うように上体を起こすと凛は心底驚いたような顔をして俺を見ていた。

「……思い、出したの…?」
「……ああ、全部。全部思い出した」

まるで夢から覚めるように、昨日までは全くなかった記憶が今は全部思い出せていた。鬼殺隊のこと、共に戦ったこと、五人で最後まで一緒に暮らしたこと。全部、きっと全部思い出したんだ。
俺の言葉に凛がぼろぼろと涙を流す。そんな凛を今度は俺が思い切り抱きしめた。

「凛、ごめん、凛は俺の願いを聞いてくれてちゃんと俺を見つけてくれたのに、俺は全然そんな約束忘れてて……」

その言葉に凛は顔を上げて俺の両頬をつねった。

「凛?」
「…どうせならありがとうって。……私を喜ばせたいなら、好きだよって、言って……!」

泣きながら凛が笑顔で言う。その言葉はあの時と全く同じで、俺も凛につられて泣きながら笑顔を作る。

「うん、ありがとう凛。俺を見つけてくれて…大好きだ、愛してる…」

そう言って唇を奪えば凛は応えるように首に手を回してくれた。



***



「凛」
「ん?」

いつものようにソファーに一緒に並んで座っている凛は上機嫌に鼻歌を歌っていて可愛らしい。高校を卒業するのと同時に一緒に暮らそうと提案された時は驚いたけど、今となっては感謝しかない。凛は俺が自分のことを覚えていなくても根気強く俺を待っていてくれた。
俺の最後の願いを叶えてくれて、自分の言葉も嘘ではなかったと証明してくれた凛。
ならば今度は俺が証明する番だろう。

「少しだけ目を瞑ってくれないか?」
「? なになに、怖いなぁ」

なんて楽しそうに笑いながら凛は素直に目を閉じてくれる。
俺はこの日のために用意しておいた小さな箱を取り出してほとんど自由の効かない左手で凛左手を支える。格好悪いことにカタカタと震えてしまうけど右手に箱の中身を持って凛の薬指へとそれをはめていく。

「え?」
「あ、目を開けたな?」
「だ、だって、…え、嘘」
「嘘じゃないよ」

凛の薬指にはめたのは俺からの気持ちで、大切な約束をするためのもの。

「凛、今度はもう絶対に一人にしない。俺は、俺の全てをかけて凛を幸せにするって約束する。だから、えっと…」

カタカタと手が震えている。そんな俺を見て凛がふふっ、と笑った。

「炭治郎、手が冷たい」
「……緊張してるんだ」
「……うん」

ぎゅっと凛が手を握ってくれる。暖かい。凛は目にいっぱい涙を溜めて微笑んでくれている。

「俺と一緒に生きてほしい。…結婚してください!」
「喜んで!」

そう言うと凛はとびきりの笑顔で俺に抱きついてくれるのだった。



炭治郎が記憶を取り戻したのは二十五歳になった朝でした。






×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -