「最後の約束」の続き 



よく晴れた昼下がり。皆でドッジボールをしようと提案された。だけど俺は見てるだけで良いよと断って日陰に座って皆の姿を見つめる。
青空の下、ドッジボールで遊ぶクラスメイト達を見て楽しそうだなぁと素直に思った。

「あれ、炭治郎?」
「凛」
「どうしたの、こんなところで」

声をかけてきたのは凛という女の子で、入学式の日俺の手を掴んでぼろぼろと泣いていた子だ。あの後周りからはあいつ初日から女泣かせてるぞとか、痴話喧嘩か?とか霰もない噂を立てられたが凛は全く気にしていなかったので俺も気にしないことにした。
凛は不思議な子だ。一緒にいてとても居心地が良い。クラスは違うけれど昼休みは絶対に俺のところへ来るし、凛が迎えに来てくれるので登下校も一緒だ。
付き合ってるのか?と聞かれることも多い。だけど俺達は付き合ってはいない。いや、付き合ってはいないのに女の子とこうも一緒にいてもいいのだろうか。だけどもし凛がいなくなってしまったら寂しいと思う。それくらい、彼女は出会ったあの日から俺と過ごしてくれてるのだ。

「皆がドッジボールをやってるのを見てるんだ」
「炭治郎はやらないの?」
「うん、俺は見学」
「そっか。じゃあ私も一緒に見学しよ」

そう言って凛は隣に座ってくる。
ふわりと良い匂いがする。凛の匂いだ…なんて言うと変態っぽいので本人には内緒だけど俺は凛の匂いが好きだ。良い匂いなのは勿論、優しくてどこか懐かしい匂いがする。昔どこかで嗅いだことのある匂いなのかな。

「最近暑くなったね」
「そうだな、凛は暑いのは嫌いか?」
「うーん、暑すぎるのは嫌だけど嫌いじゃないよ」

そんな何でもない話をいつも通りにする。これが俺の日常。高校生活が始まってからずっと繰り返される毎日だけど嫌じゃない。あの日凛と出会えたのは運命だったのかな…なんて思うのは大袈裟だろうか。
そんなことを考えていると足元にボールが転がってきた。

「悪い竈門、投げてくれー」
「分かった!」

そう言って左手でボールを掴もうとして、掴み損ねてそのままボールを落としてしまった。

(あ、)

しまった、と思った。いつもならこんなミスはしないのに。俺はすぐに右手でボールを拾おうとしたけどそれより先に凛がボールを拾って投げてしまった。

「サンキュー!」

クラスメイトがお礼を言って去っていく。なんとかバレずに済んだみたいだ。
ほっと胸を撫で下ろすと凛に左手を握られた。

「凛?」
「炭治郎、左手、どうしたの」

真剣な顔だ。いつも優しく笑う彼女のこんな顔を初めて見る。秘密にしたかったのだけど、どうやら凛には隠しきれないようだ。俺は凛に向き直って秘密を口にした。

「…俺、生まれつき左手の…というか左肘の下からの感覚がほとんどないんだ」

凛の顔から一瞬で血の気が引くのが分かった。



***


左手の感覚がほとんどない。
炭治郎から告げられた言葉はあまりにも衝撃的で、すぐに返事を返せない。どうして、なんで。
炭治郎は前世の記憶もないし過去の影響が何もないのだと思っていた。記憶がないのは少しだけ残念だったけど、私には記憶があったから問題はなかった。だけど、左手の感覚がないって、そんなの─

「凛?」
「目は!?」
「えっ」

炭治郎の顔を両手で包み込んで右目を覗き込むとうっすらとコンタクトレンズの縁が見える。左目を覗き込めば同じものは見えずますます嫌な予感が募った。

「おいおい、イチャイチャすんなよお二人さん〜」

その声にハッとする。イチャイチャなんてしてるつもりは全くなかったけれどよく見ると炭治郎の顔が真っ赤だ。…記憶のない炭治郎にそんな顔をしてもらえるなんて光栄だな。
ひとまず私は茶化してくる炭治郎のクラスメイトをこれ以上刺激しないよう炭治郎と距離を取るとやっぱり炭治郎は顔を赤くしたままでちょっと悪いことをしたなと反省する。

(炭治郎は記憶がないから、普通の十五歳の男の子なんだよね…)

私は前世の記憶があるせいで実年齢とのギャップを感じずにはいられない。だけど炭治郎は違う。正真正銘十五歳の思春期の男の子なのだ。あまり刺激しすぎるのも良くないだろう。…照れてもらえるのは昔みたいで嬉しいけど。
いや、今はそんな場合じゃない。本題に戻らなければ。私は炭治郎の目を真っ直ぐ見て口を開いた。

「炭治郎、右目。コンタクト入れてるの?」
「え? あ、ああ。…右目も生まれつき弱視で…手も感覚がほとんどないし球技は出来ないんだ」

なんて、こと。
炭治郎は前世の戦いで機能を失った左手と右目の後遺症を受け継いでいるんだ。でもそんなことってある?折角生まれ変わったのにそんな制限をどうして、炭治郎ばかりいつも、辛い目に…

「え、凛…!?」
「うぅ〜…」

悔しい、悔しくて涙が出る。
今世では何も不自由なく幸せにしてあげたいって思ってたのに既に体にそんなリスクを背負ってるなんてあんまりだ。炭治郎が一体何をしたと言うんだ。
決めた。私は絶対、絶対に炭治郎を幸せにする。

「どうしたんだ凛?何が悲しいんだ?」

炭治郎が優しく、だけど本気で心配している声を出す。私は涙が止まらないのなんてお構いなしに炭治郎へ向かって宣言をしようと顔を上げた。

「炭治郎!」
「は、はい!」

炭治郎の左手を両手で包み込むように握る。感覚はないと言っていたけれど見える位置で握れば「握られている」ということは分かるだろう。

「私が炭治郎の左手になるし、炭治郎の右目にもなる。絶対に幸せにするから」
「え、え!?」

私の言葉に炭治郎がすごく驚いた顔をするけど構うものか。絶対に幸せにする。私の今生の全てをかけてでも炭治郎を幸せにしたい。

「!? た、炭治郎」

突然鼻を押さえ出したのでどうしたのかと思えば鼻血を出してしまったようだ。

「暑かったもんね、保健室に行こっか?」
「う、うん…」

何故か炭治郎はそのあと暫く目を合わせてくれなかった。






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