※最終巻を読んでから書いた死ネタです。


「一つだけ、お願いがあるんだ」

もう起き上がることすら出来ない体で炭治郎が弱々しく言う。泣いては駄目だ、彼が泣かないのなら私も泣くことは出来ない。唇を痛いほど噛み締めて声が震えないよう深く息を吸う。

「何でも聞いてあげるよ」

私がそう言うと炭治郎は私の目を見て優しく微笑む。きっと、今日が最後なのだろう。
皆を呼んできて欲しいとお願いされ、それがお願い?と聞けばこれは頼みだな。と優しく笑う。こんな冗談ももう、交わすことが出来なくなるだろう。
声をかけて駆け付けてくれたいつもの三人は察していた。それは私も炭治郎も…。禰豆子ちゃんは優しい笑顔のまま肩を震わせて拳を握り締めていて、善逸は昔のようにべそべそと泣かずに真剣な顔をしていて、伊之助は猪の被り物をせず真っ直ぐ炭治郎を見つめている。皆が皆、炭治郎の最後の言葉を、最後の姿を目に焼き付けていた。

「禰豆子、一人残してしまって本当にごめん。でも、兄ちゃんはいつも側にいるから。ずっと、ずっと禰豆子のことを見守ってるよ」
「……心配しないで、お兄ちゃん。私は一人じゃないよ。善逸さんも伊之助さんも凛さんもいるし、お兄ちゃんも皆もずっと、ずっと一緒にいるよ。だから……私は大丈夫だよ、お兄ちゃん」

禰豆子ちゃんの声も、肩も震えている。だけどその瞳に涙はない。本当に、兄妹揃って強い子だ。
禰豆子ちゃんが人間に戻ってから、炭治郎と二人で日向ぼっこをしているのを見るのが大好きだった。二人とも沢山辛い思いをしてきたけれど、陽の下で笑い合っている二人はいつも幸せそうで自分達にも守れたものがあったと実感が出来て嬉しかった。

「善逸、善逸は強くて優しくて…鬼殺隊に入って最初に会えたのが善逸で良かった。いつも俺や禰豆子に良くしてくれてありがとう。善逸の存在に何度も救われた」
「……まぁ、炭治郎は俺の結婚を邪魔したからな。俺が結婚出来るまで、一生かけて償ってくれてありがとな。炭治郎達と過ごせて、……幸せだった」

炭治郎が鬼になってしまって、だけど人間に戻った時彼だけは炭治郎を許さなかった。一生をかけて償ってもらうからと。嬉しそうに泣いていたのを今でも覚えている。その言葉通りあの日から今日まで炭治郎と善逸は親友としてずっと寄り添って生きてきたのだ。

「伊之助、伊之助の言葉にはいつも勇気付けられた。俺が足を止めてしまいそうな時、いつも背中を押してくれたのは伊之助だったな。ありがとう。伊之助は俺達の親分だよ」
「……当然だ、子分の面倒を見るのが親分の役目だからな。だから、安心しろ炭治郎。俺はお前の守ってきたものをこれからも守ってやるから。…だから、何も心配すんじゃねぇ」

私達が挫けそうな時、足を止めてしまいそうな時。いつも最初に声をあげるのは伊之助だった。長男という重荷を背負っていた炭治郎にとって伊之助の存在には本当に救われたと思う。



三人に言葉を送った後、炭治郎は私の手を弱々しく握り返してもう一度、一つだけお願いがあると言った。一つじゃなくてもいくつでも、何だって聞いてあげる。もし一緒に死んでくれと言うのなら死んであげる。炭治郎はそれを許さないけど、私にとって竈門炭治郎とはそれほど大きな存在なのだ。

「また俺を、見つけてほしい」
「え」

それは思ってもない言葉だった。
三人に最後の言葉を残した炭治郎は、私には願いを託してきたのだ。

「生まれ変わっても…凛に出会いたい」

炭治郎は一緒に死んでくれとはやはり言わなかった。そして、また出会いたいと。今生はここで終わってしまうけれど生まれ変わったその先があるならまた私に出会いたいと願ってくれたのだ。
嬉しくて、悲しい。今の炭治郎とはやはりお別れなのだと痛感させられるから。
視界が滲む。泣くものか、絶対に涙は溢さない。乱暴に目元を拭って無理矢理笑顔を作れば炭治郎は少しだけ心配そうな顔をする。そんな顔をさせてはいけない。大好きで大切で、特別だったこの人に最後にそんな顔をさせてはいけない。

「絶対に見つけるよ、炭治郎。何度生まれ変わっても私は──」

どこまで聞こえていたかは分からない。けれど炭治郎は息を引き取る寸前、私達の大好きだった優しい笑顔を浮かべて一筋の涙を流したのだった。



***



「炭治郎!!」

桜咲く季節、俺はキメツ学園へと入学した。あまり同じ中学の友達はこの高校に進学しておらずわくわくとした気持ちで入学式を終え人混みの中を歩いていると突然手を掴まれ振り返ると息を切らした女の子が俺の手を掴んでいた。

「炭治郎…!やっと、見つけた…!」

目に涙を浮かべて嬉しそうに笑う表情に目を奪われたけど、どうしよう。

「えっと……初めまして…?」

どこかで会ったことがある子だろうか…?
俺の言葉に少しだけ悲しい顔をして、だけど涙を流しながら笑顔を作り彼女は「それでもいい」と笑うのだった。



記憶ありの凛。記憶なしの炭治郎。
痣寿命で二十五歳になる前に亡くなってしまった炭治郎との約束の話。






×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -