※死ネタ注意


恋は落ちるものだと昔から聞いていた。
なんだそれはと気にも留めてなかったけれどあれは本当だったのだろう。
家族を鬼に殺され鬼殺隊士となった私はこの時まさに鬼によって殺されそうになっていた。あ、死んだ。と思ったのと同時に物凄い速さで鬼から距離をとらされる。何があったか分からずただただ上を見上げればそこには男の人の顔があり、その人が私を抱き抱えて助けてくれたのだと理解した。

「立てるか?」

こんな状況だと言うのに私は彼に見惚れて息をすることすら忘れてしまったのだ。
これが恋に落ちるということなのだろう。あの時はいはい、なんて話も聞かずにあしらってごめんと友人に伝えたい。
でもさ、こんなことある?
初恋の相手には既にお嫁さんが三人もいた──


***


「も、待って待って!もう無理です!」
「あ?まだ三時間しか経ってねえぞ」

いや、三時間柱である宇髄さんと打ち合いだの追いかけっこだの鍛錬をしていた私の体はとっくに限界だ。宇髄さんの継子となってから大分体力も向上したが、その分宇髄さんの稽古も厳しくなる。膝もがくがくと笑っているし刀を持つ手も震えている。そんな私の姿を見て宇髄さんは面白そうにははっ、と綺麗な笑顔で笑う。うっ、好きだなぁ…


「天元様〜!」


可愛らしい声が響き渡り宇髄さんが嬉しそうにそちらの方向へ目を向ける。ギシッ、と胸の辺りが締め付けられるような気がした。ここは宇髄さんの屋敷なのだから稽古の度にこのような光景を目にするのは仕方ないのだけど…

「須磨、どうした」
「お手紙が届いてますよぉ」

ふにゃりと、宇髄さんのお嫁さんの一人である須磨さんが甘えるように笑う。女の私から見ても凄く可愛らしい。宇髄さんもそんな須磨さんに絆されたのかよしよしと頭を撫でれば須磨さんは嬉しそうに笑った。本当に、彼女は可愛らしい。

「…私お邪魔みたいなんで休憩してきまーす」

そんな二人をこれ以上見ていることが辛くて、こんな風に悪態をついてしかその場から逃げれない私はなんて可愛くないんだろう。
そんなの知ってる。別に、可愛いって言われたいわけじゃない。だけどあんな風になれたらなって。…ううん、違う。別に可愛くなくてもいいから宇髄さんの隣にいられたら良かったのに。
出会った時から詰んでいた恋に終わりを告げることも出来ず、ずるずると引き摺っている私ってなんなのだろう。答えの出ない問いを自分に投げかけやっぱりそれに答えられる自分も存在しなかった。


***


「え?」
「だから、明日お前暇か?」
「いや、そりゃあ…稽古が休みなら暇ですけど」
「なら俺と街へ行くからな。ド派手に着飾ってこいよ」

突然宇髄さんにそんなことを言われまさに寝耳に水だ。え、着飾ってこいってどういうこと?

「ふ、二人でですか?」
「誰にもバレないようにな」

人差し指を自分の口元に置いて宇髄さんが言う。格好良すぎるその仕草に目を奪われ、そのまま混乱したまま私は稽古を終えた。
え、どういうこと。まさか…逢引き、とかだってりする?
すぐに自分の部屋へ戻り持っている着物を全て広げた。あまり数はないけれど、宇髄さんどれなら喜んでくれるかな。どんな色が好きなんだろう、派手なほうがいいかな。そんな風に考えていると胸が高鳴って仕方がない。好きな人を想って支度をするのがこんなにも楽しいことだったなんて初めて知った。紅をさしたら変かな。だけど少しくらい背伸びしてみてもいいかもしれない。私は手に取った着物を抱き締めて明日に思いを馳せるのだった。


宇髄さんとの待ち合わせ場所に到着するとまだ宇髄さんの姿はなかった。当たり前だ、あまりにも楽しみで半刻ほど早く着いてしまったのだから。いつもは隊服を着込んでいるけど今日は違う。着物を着て、少しだけお化粧をして。まるで普通の町娘に戻ったような気さえする。どきどき、と心臓の音がうるさい。高揚感が抑えきれず、同時に緊張もしてしまい感情がぐちゃぐちゃだ。宇髄さん、可愛いって言ってくれるかな。なんて、夢さえ見てしまう。ああ、これが恋をするということなのか。

「お、早いな凛」
「う、宇髄さんが遅いんですよ!」

到着した宇髄さんは着流しを着ていていつもと雰囲気が違う。滅茶苦茶格好良い。つい目を奪われていると宇髄さんが楽しそうに笑う。

「何見惚れてんだよ」
「みっ…!?」

咄嗟に言い返せず黙ってしまうと宇髄さんは楽しそうに笑って私の前を歩く。それに置いていかれないようについていくのだった。



宇髄さんが足を止めたのは可愛らしい簪が沢山並ぶ店の前だった。どれもこれも高価そうで凄く綺麗だ。そして宇髄さんは私の方を振り返り口を開いた。

「そろそろ雛鶴の誕生日なんだが、どの簪が喜ぶと思う?」

あ、成程と。全て察してしまった。
今日のお誘いは私と出かけたいからではなく雛鶴さんの誕生日のお祝いの品を選ぶために誘ってくれたのだ。誰にもバレないようにと言ったのも雛鶴さんを驚かせるために悟られないため。簪を手に取る宇髄さんの目の奥にはきっと雛鶴さんの姿があって。どれが似合うかな、どれなら喜ぶかなと。ここにいもしない雛鶴さんのことを今、私と一緒にいるけれどそんなのお構いなしで考えているのだ。だって私はただの「継子」で雛鶴さんは「お嫁さん」なのだから。
そう分かってしまった途端、恥ずかしくて消えたくなった。どうしてこんなおめかしまでしてしまったのだろう。自分に少しでも望みがあると思ったの?あんなにいつも宇髄さんの側にいたのに。宇髄さんがそれこそ自分よりもお嫁さん達のことを想っているのを見てきたのに何を期待してたんだか。

「お、これ派手にいいなぁ。どう思う?」

嬉しそうに宇髄さんが言う。そこにあるのは確かにお嫁さんへの愛情で。

「雛鶴さんなら何でも喜んでくれると思いますよ」

なんとか声を震わせないようにするのが精一杯だった。


***


「あーあ……」

最後に思い出すのはそんな苦い思い出。もうちょっと楽しいことでも思い出せるのかと思ったけれどそんなに甘くはなかったな。
腹を引き裂かれ力も入らない。呼吸で出血を止めることも出来ないしこれはもう駄目だな。不思議と痛みはなく自分の体から流れ続ける血が温かく感じるのにそれに反して体はどんどん寒くなっていく。

「言えなかったなぁ…」

好きだと。叶わないと分かっていても伝えることすら出来なかった。思えば私はいつも、何も伝えなかったな。一緒に出かけた時も本当は隣を歩きたかった。宇髄さんの背中ばかりを見てるんじゃなくて、少しでも良いから普通の女と男のように隣を並んで歩きたかったな。
それに、頑張って着飾ったのだからどうですかと聞けば良かった。可愛いとか似合ってるとか。そう言う言葉は聞けなくても何かは言ってくれただろう。なのにいつも私は言ってくれないかな、なんて願うばかりで。狡くて臆病な私は結局何も手に入れることが出来なかった。

体が揺すられている。閉じていた目を力を振り絞って開けると宇髄さんの必死な顔が見えた。
ああ、宇髄さん鬼を倒せたんだ。良かった…

「おい!呼吸で止血しろ!死ぬんじゃねぇ!」

無理だよ、もう。そんなの分かってるはずなのに宇髄さんは死ぬなと叫び続ける。私の人生そんなに良いものでもなかったけれど、最後に好きな人の腕の中で死ねるのは幸せじゃないか?

「う、 ずいさ… 」

ゴホッと、口から大量に血を吐いてしまう。目も霞んできて宇髄さんの顔が見えなくなっていく。最後だし、言えなかったと嘆いていたけど頑張ってみようかな。勇気を振り絞ってみるのも悪くない。

「すき、 でし た」

それを最後に私の意識は完全に落ちていった。
宇髄さんがどんな顔をしていたか、ちゃんと私はすきと声に出して言えたか。やっぱり最後まで分からなかった。

「………知ってたさ」

だからその声も私に届くことは永遠になかったのだった。






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