人間の頃からお前は人の心が分からないと言われ続けた。
「化け物…!!お前も元は人間だったんだろ!?罪の意識はないのか!?」
「はぁ〜?なにそれ美味しいの?」
煩く吠える鬼狩りにトドメを刺す。この鬼狩りの言う通り私も元々は人間だった。それも遠い昔の話。こんなすぐに死んでしまう弱い存在だったなんて恥ずかしい。何故人間は鬼にならないんだろう。罪の意識?何それ。昔誰かにももっと相手のことを考えろとか言われたっけ。思い出せないけど。
さて、と上機嫌で踵を返す。今日は最近この辺りを彷徨いていた鬼狩りを一掃出来たから褒めてもらえるかなぁ。そう考えると胸が高鳴った。
「童磨さーん!鬼狩り殺してきたよー!」
「おかえり凛、凄いじゃないか!」
よしよしと頭を撫でる手が優しい。童磨さんの笑顔が、大きい手が大好きだ。この人の側にいられるのなら他には何もいらない。大好き、童磨さん大好き。
ふと、嗅ぎ慣れない匂いを感じた。ここには多くの信者が訪れるから珍しいことではなかったけれど童磨さんの近くにこんなに近寄った信者がいるのか。
「ああ、そうそう凛」
「なにー?」
「人間を二人飼おうと思ってるんだ。いい案だろ?」
「育ててから食べるの?」
「いや、それが今まで会った中で一番心が綺麗な人なんだよ!側に置いてみたくてね」
私の中で聞いたことのない音が鳴った気がした。
***
童磨さんが飼い始めた人間は女と赤ん坊の二人。名を琴葉という。赤ん坊のほうは知らない。興味もない。童磨さんはあの日から時間が許す限り琴葉と共に時間を過ごしている。
「凛もおいでよ」と童磨さんは言うけれどそんな気分にはなれなくて琴葉が童磨さんの側にいる限り私は童磨さんと過ごせる時間が減っていった。
琴葉は「心が綺麗」な人間らしい。実際教団でも琴葉のことを悪くいう信者はいない。童磨さんとお似合いだね、なんて言っていたあの信者は………消えてしまったね。童磨さんもさして気にしてなかったしいいんじゃないかな?
「あ」
廊下を歩いていると琴葉が部屋から出てきた。こんな深夜に歩き回るなんて何を考えている?敵意を向ける私に怖気付く様子もなく琴葉は優しげな笑顔を向けてくる。
「凛ちゃん、だったわよね?童磨さんからよくお話を聞くから。いつも良くしてくれてありがとう」
目を見開く。ああ、この女はまさしく「綺麗」なんだ。人の心が分からないと言われた私ですら直感的に分かる。童磨さんがこの女の隣で穏やかに笑うのも納得いく気がする。
「琴葉さん」
「ん?」
「童磨さんを探してるんでしょ?今なら極楽の間にいると思うよ」
「え、でも夜中はあまり歩き回らない方がいいって…」
「大丈夫。他の信者には見つからないようにね」
私の言葉を聞くと琴葉は綺麗に笑ってお辞儀をした。
琴葉は無事に童磨さんを見つけられたかな。きっと今は食事中だから。人間は私達を化物と呼ぶのでしょう?なら心の綺麗な琴葉は何て言うのかな。
***
「童磨さーん、あれ。殺しちゃったんですか」
あれからすぐに琴葉の叫ぶ声、そして駆け出す音が聞こえた。私が殺しても良かったんだけど一応童磨さんのお気に入りだった琴葉を殺して怒られるのも嫌だったから童磨さんに任せることにした。そろそろ終わったかな、と外へ出ればそう遠くない位置に血の匂いを感じる。さようなら琴葉。笑い声が漏れそうになるのを我慢しながら血の匂いを辿ればそこには佇む童磨さんと血溜まりに沈む琴葉の姿があった。
「うん。信者を喰ってるのがバレちゃってね」
「あららー」
「酷い、嘘つき!って凄い罵られちゃったよ」
所詮琴葉とはその程度の女だったのだろう。逃げ込んだ自分と赤ん坊を無償で庇いこんなにも優しくしてくれた童磨さんをたかが「人間を喰っていた」だけで切り捨てるなんて。死んで当然だ。童磨さんも呆れた顔をしてるんだろうなと顔を覗き込むと信じられないものが目に入った。
「え、童磨、さん。……泣いて、るんですか?」
「え?」
私に言われて童磨さんは自分の瞳に手をやる。ああ、ほんとだ。と。私に言われて泣いていることに気付いたらしい。
「不幸だよねぇ、琴葉」
涙を流しながら童磨さんが言う。
「幸せな時ってあったのかな?」
いつもの私の好きな笑顔ではなくて、まるで慈しむように琴葉を抱き起こす。すぐに食べればいいのに童磨さんは暫く琴葉の顔を見つめていた。
あの赤ん坊はどうしたのだろう。
生きているのかな。
もし生きているのなら。
地の果てまで追ってでも殺すと誓うね、琴葉。
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