※炭治郎は日柱となっています。


私はただ、稽古まで少し時間があるし天気も良いから散歩でもしようと特に目的もなく歩いただけであって。まさかその道中にこんな面倒くさいものと遭遇すると分かっていたら大人しく道場で待っていたというのに。

「ねえねえ、やっぱり日柱様って訓練でも優しいの?」
「訓練中に身体とか触れたりする?」
「いいなぁ斎藤さんは。日柱様の継子になれて。今まで一人も継子を作らなかったっていうのにどうやって取り入ったの?」
「ええっと…」

なんて仲良くお話ししているように思える私と三人の先輩隊士達。なんと初対面である。
日柱である竈門炭治郎の継子になってからというもの見ず知らずの先輩方に絡まれることが多くなった。しかも全く歓迎されていない。彼女達は嬉々として炭治郎さんの情報を聞き出そうとしてくるし、私が何も答えないと分かると今までの猫撫で声はどこにいったのかと言うほど恐ろしい形相で私に迫ってくる。うん、極めて厄介な人種だ。

「凛」

聞き慣れた声がする。
その声にきゃあ!と私を取り囲んでいた先輩方が可愛らしく声を上げた。きゃあってなんだきゃあって。三人がそれぞれの反応で炭治郎さんのほうを見ていて炭治郎さんは私しか見ていなくて。なんというか、居た堪れない。
お察しかもしれないが私の師範であり日柱である竈門炭治郎という男は大層人気がある。優しく強くおまけに容姿まで良いときたら思春期の女に人気があるのも仕方がないだろう。
おかげで私はこうやって絡まれているのだけど。

「炭治郎さん」
「そろそろ稽古の時間だぞ、行こう」
「はーい」

一秒でも早くこの場から去りたい私は炭治郎さんの言葉に大人しく従う。いつもなら稽古までもう少し時間があるじゃないかとか。炭治郎さんも少し休憩しましょうよ。とか言ってなんとか稽古の時間を遅らせようとするのだけど今日は兎に角この場から去りたかった。ちなみに稽古を遅らせる作戦は成功したことはない。堅物師範め。
優しく微笑む炭治郎さんの後ろについて行こうとすると先輩の一人がそれを引き止めた。

「あの、日柱様!どうか私も継子にしてくれませんか!」

一人の先輩がそう言うと私も私も!と他の二人も後を続くように声を上げる。揃いも揃って顔を赤らめて、その姿は素直に可愛らしいと思う。私に向ける目線はいつも怖いのだけど。
これはもう見慣れた光景だ。炭治郎さんといるとこんな珍しい光景すら日常の一部になるのだから恐ろしい。
色男は大変だなぁ、なんて呑気なことも言ってられない。何故なら炭治郎さんはそんな彼女達にいつも優しい笑顔でこう言うから。

「すまないが、俺の継子は凛だけだから」

おいおい勘弁してくれないか。


***



「炭治郎さん、自分の影響力の強さってご存知ですか?」

稽古の休憩中、あまりに厳しい稽古のため私はいつものように床に仰向けに倒れたまま炭治郎さんと話をする。
私の言葉にん?と息切れ一つしてない炭治郎さんが首を傾げる。相変わらずだけど私が床に倒れ込んで息を整えるのも必死だったのに、全く息を乱さず次の稽古の用意をしている炭治郎さんは化物だと思うし、次の稽古の用意早くありませんか?無理だよ?まだ。

「影響力?士気のことか?」
「いやそれも間違ってはないんですけどね」

炭治郎さんは私が何を言いたいのか本気で分かっていないように首を傾げる。
本気か。本気なのか?あれだけ彼女達に好意を寄せられていて気付いていないなんてことがあり得るのか?そしてそれに気付いていないとしたら炭治郎さんの言葉によってますます私が恨まれることも理解出来ないと言うことか。詰んでる。

「炭治郎さんはどうして私以外に継子を作らないんですか?」
「またその話か」

またと言われるように毎回私は炭治郎さんに尋ねている。
そう、お察しの通り私は女隊士の先輩達からそれはもう嫉妬をされまくっている。
皆の憧れの日柱様!継子は一人も取らず誰にでも優しいけれど誰も特別扱いしない、尊い!
なんて言われて人気だった日柱様がある日自分よりも階級が下である女隊士を継子にしたのだから暫くは騒然としていた。
私だってこれでも鬼殺隊士として任務をこなして来たのだ。日柱様の噂は知っていたし継子を作らないとも聞いていたのでそんな炭治郎さんに継子にならないかと声をかけられた日には舞い上がったものだ。
日柱竈門炭治郎は正直言って教え方はとっても下手くそである。稽古も倒れるまで辞めさせてもらえなかったり水すら飲ませてもらえないこともある。大丈夫!俺は死ななかったから!なんて笑顔で言われても私は死ねる。うん、死ねるな?と、なかなか凄まじい稽古が行われる。もう慣れてしまったけど最初の頃はニ、三回は逃げ出そうかななんて考えたこともあった。
しかし彼はとても優しく強く尊敬できる人で、こんな良い人が世の中に存在するのだと感動するほど炭治郎さんは出来た人間だった。炭治郎さんと話していると自分まで綺麗な人間になれるようで彼の元から去ろうとは到底思えなかったため私は今でも床とお友達なのである。

「俺は凛以外を継子にするつもりはないよ」
「うーん、答えになってないですね」

炭治郎さんは私以外を継子にしない理由を言わない。いつも私以外を継子にはしないと、それだけしか教えてくれないのだ。
まあ、炭治郎さんの継子であることは心地いい。先輩達からの問答や嫉妬は正直面倒臭いし煩わしくもあるけれど、それを差し引きにしても彼の側でこのように過ごせるのは嬉しいことなので良しとしよう。

「はい、休憩は終わり。次は型を休みなしで続けてみようか」
「え、それってどのくらい…?」
「ん?」
「ん!?」

でもね先輩方。
本気で炭治郎さんの稽古は辛いのでおすすめしません。


***


「炭治郎〜団子食いに行こうぜ」
「善逸。今日は凛に夜をご馳走するからまた今度な」
「ああ、お前のお気に入りの継子?」
「ああ」
「びっくりしたよ。炭治郎が継子をとるって言うからさ。そんなに惹かれるものがあったの?」
「そうだな、それに」
「それに?」
「継子にしてしまえば誰も手を出せないだろ?」






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