バレンタインのお話。炭治郎・善逸・煉獄さん。
誰をお相手でお話を書こうかなぁと悩んだ結果「三人とも書こう!」と欲張りな選択をしたため一人一人が短いです。


◆炭治郎

今日はバレンタインデーだ。
女子も男子も朝からソワソワソワソワ。浮かれた空気が恥ずかしいくらいで。そして、そんなソワソワしてるうちの一人は私もで。
私は今日、生まれて初めてチョコというものを手作りした。と言っても、チョコを溶かして型に流し込むだけの至極簡単なやつなので作ったと言ってもいいのか定かではないが。
それよりも問題は形だ。なんで?なんでうちには大きなハート型の型しかなかっの?
いや、私が自分で買いに行かなかったのが悪いんだけどさ、家にあるのを使っていいわよ!ってお母さんに親指を立てられたから信じてみたらこんな型だなんて思わなかったよ。そしてその型で作ったチョコをお父さんに渡して仲良くキャッキャしてる両親は私よりも若々しいと思う。

さて、そんなわけで。
こういう日に限って時間が過ぎるのは早く既に放課後となりあとは帰るだけとなってしまった。
私のチョコは、未だに鞄の中に入ったままだ。

「凛」
「うぉわい!?」
「なんだその声は、はしたないぞ」
「た、たた、炭治郎……びっくりした」

私に声をかけてきたのは竈門炭治郎という男友達で。まあ、簡潔に言えば私がチョコを渡したいのはこの炭治郎という男だし、私はこの男のことが好きなのだ。
だからこそ、恥ずかしくて渡せない。だってハートだよ?好きですって言ってるようなもんじゃん。昨日まで友達として仲良くしていた女子にいきなりこんなでっかいハート型のチョコを渡されてドン引きしない男子がいるのか?私ならするね。うん、無理。

「帰らないのか?」
「え!?あー、か、帰るよ!うん!」

そう言って無駄だと分かっても鞄を隠すように持ち上がると炭治郎がその鞄を掴む。
え、なに?

「凛、そのチョコは誰にあげるんだ?」
「へ?」
「今日一日ずっと、気になってんだ。凛の鞄からチョコの匂いがしていたから…」

炭治郎が訳の分からないことを言う。
誰にあげる?気になってた?なんで?
いや、私って頭良くないうえにお調子者だからさ。そんな風に言われると勘違いなんてすぐしちゃうよ?責任取れるの?

「え、な、なに?もしかして、炭治郎、私からチョコ欲しいの?」

いやーモテる女は辛いわぁ!と全く可愛げのないことを言ってしまう自分を殴り飛ばしたい。
いやなんで私はこうなんだ!?今はしおらしく「炭治郎にあげる…!」とか言っていれば良い雰囲気になれたんじゃないの!?…できるか!昨日までほとんど男友達みたいなもんだった相手に今更ぶりっ子出来る奴がいたら呼んでこい!

「欲しい」
「は、え?」
「俺は、凛からチョコが欲しいんだ」

炭治郎が真剣な顔で頬を染めながら私の手を握る。目が逸らせない。炭治郎は嘘を言わないからこれは冗談でも何でもなく──

「期待しても……いいだろうか?」

男友達が「男」の顔をしているのを、私は今日初めて目にするのだった。



◆善逸

「凛、おっはよーーー!今日は何の日か知ってる?知ってるよね?知ってるよねぇ!?」
「今日は日直です」
「正解だけど、不正解!」

朝から驚くほどのハイテンションなこの男は我妻善逸と言って一応私の彼氏である。だけど、2月に入ってから1日1日バレンタインデーまでのカウントダウンをされるわ、メッセージにチョコのスタンプが毎回押されるわで正直しんどい。これだけ期待されると何を渡せばいいのか分からないし、何を渡しても喜びそうでそれはそれでつまらない。
私だって善逸のことは好きだし喜ばせてあげたいと思ってるけど、なんでも喜んでしまいそうな相手ほど、何をあげるかは悩むものなのだ。

「なになに?さては今日のお弁当はチョコ一色……あ、俺の好きなミートボール入ってんじゃん!」
「はははっ、ハッピーバレンタイン」
「え、嘘でしょ!?これもしかしてチョコなの!?………うん、ミートボール!」

ミートボールを口に入れて、やっぱりハイテンションな善逸はそれはもう楽しそうにお弁当を食べてくれる。いや、困ったな。本当に何を渡しても喜んでくれそうで、それはそれで嬉しいのだけどどうせなら驚かせたいなと思ってしまう。だってなんか、善逸は他の女の子からチョコを貰ってもハイテンションで喜びそうだから。それは彼女としては悔しい。私だけしか見れない善逸を見てみたいと思うくらいには、私はちゃんと善逸が好きなのだ。

「で?なーんで凛は今日一日ちょっと困った音させてんの?」

放課後、二人で残って日誌を書いてると善逸が小首を傾げて聞いてくる。
朝から今までハイテンションでクラスメイトも引くほどうるさかったくせに、二人きりになった瞬間こうやって余裕を出してくるのだから本当に狡い。

「当ててあげよっか?凛、普通のチョコじゃ俺を満足させられないって思ってるんでしょ」

図星を突かれて顔に熱が溜まるのが分かる。
そんな私に善逸は甘い声で「かーわいい」なんて言ってくるからなんだか負けた気分だ。悔しい。

「凛から貰えるものならなんでも嬉しいのに、俺」

優しく愛おしげに善逸が頬杖を突きながら私を見つめる。同い年だというのに、善逸はこうやって私のことを甘やかしてくるのが格好良くて大好きで、やっぱり悔しい。私だってその余裕な表情を崩してやりたいって思ってしまうほどに。
私は意を決して持ってきたチョコレートの箱を取り出して──その中の一つを口に加える。

「あ゛ーー!それ、俺のために持ってきたチョコ……」

善逸が叫び終わる前に、制服のネクタイを引っ張って善逸を引き寄せてキスをする。口に加えたチョコを善逸の口へと移せば善逸は耳まで真っ赤にして目を見開いていた。

「は……はっぴー、ばれんたいん…!」

善逸を驚かせようと思いついたままに行動をしてみたけれど、これは、私の方が恥ずかしい…!
私が日誌を持って逃げようと立ち上がると、善逸は私の腕を強く掴んできた。

「ほんとにさぁ……敵わないわ、凛には」

善逸は今まで見たことないくらい顔を真っ赤にしていて、余裕だった表情を崩して私を捕らえるように見つめていた。



◆煉獄

「煉獄先生、今年はチョコ受け取らないんだって」

その言葉にガツンと殴られたような衝撃を覚える。我が校の教師である煉獄先生は格好良くて優しくて、男女問わずに人気はあるが特に女子からの人気は凄まじいもので、去年は煉獄先生にチョコが殺到してしまったため今年はチョコを受け取らず、気持ちだけ受け取ることにしたというのだ。

私は今年で高校三年。あと少ししたら卒業してしまうため今日という日に賭けていたのだが出鼻を挫かれるとはこのことだ。
自慢ではないが私は料理が下手だ。いや、本当に自慢にならないのだけど。だからこそこの日のために特訓を重ねて重ねてやっと出来上がったクッキーを弟に味見してもらったら「やっと人間が食べれるものになった」と言われたけどよく考えたら褒められてなくない?
だけど最初の頃は歯が欠けるだの、粘土を食べてるみたいだの正直で辛辣な感想を投げてきた弟から「人間の食べ物」と言われるまで成長したのだ。ありがとう、弟。
だけどそんな頑張りもモテすぎるが故の煉獄先生の前に呆気なく散るのだった。さよなら、私の青春。

「はーあ、やってらんないわ」

私は半ば自暴自棄になり、誰とも昼食を食べる気分じゃなかったので自販機の隣に設置してあるベンチに座って一人で煉獄先生にあげるためのクッキーをバリバリと食べていた。
うん、食べれるけど美味しくない。非常食かな?
こんなものを渡して幻滅されるくらいなら、渡さなくて正解だったかもしれない。はあ、と大きなため息をついていると

「む?そこにいるのは斎藤か?」

自販機に飲み物を買いに来た煉獄先生が私に声をかけてきた。

「ひゃ、ひゃい!?あ、煉獄先生!?」
「はは、どうしたんだそんなに慌てて。隣に座ってもいいだろうか?」
「え!?あ、はい、それはもう、もちろん…!?」

煉獄先生が買った飲み物を手にして私の隣に座る。え、夢?私はいてもたってもいられず先生に見つからないように思い切り自分の手の甲をつねると信じられないほど痛い。いや、手加減しろよ私!?と思う私とこんな状況で手加減なんか出来るか!と思う私が喧嘩している。
落ち着け、とりあえず、なんかよく分からないけど夢じゃない…!?

「それは、クッキーか?」
「え!?いや、これはそんな大層なものじゃなくて、えっと、非常食みたいな…」
「はははっ!君は非常食を昼食として食べているのか?」

煉獄先生が満面の笑みで笑う。
格好良いなぁ、好きだなぁ。煉獄先生を困らせるつもりはないけど、せめて好きではいさせてほしい。
ふと、私は一か八かの賭けに出ることにした。

「煉獄先生も、一つ食べてみます?」

平静を整っているけれど、心臓は信じられないほどバクバクと音を立ててるし、背中は緊張のあまり汗まみれでなんなら手だって震えてる。
そんな私の申し出に煉獄先生は笑顔で答えてくれる。

「良いのか?ならば頂こう!」

そう言って煉獄先生は私のクッキーを一つ手に取り、食べてくれる。ああ、もっと料理が上手だったら自信を持って私の手作りですって言えたのに。でも、手作りだと伝えていたら食べてくれなかったかもしれない。私は狡い奴だ。だけど、伝わってなくても煉獄先生が今日という日に私の作ったクッキーを食べてくれたのが嬉しくて仕方がない。

「うまいっ!」
「ぅえ!?嘘ですよね!?」
「何故だ?うまいぞ!」

実に俺好みだ!と煉獄先生は笑ってくれる。
やばい、泣きそうだ。
そんな私の頭を煉獄先生は優しく撫でて立ち上がる。

「来年も楽しみにしているな!」

そう言って煉獄先生は一度も振り返らずにその場を後にしてしまった。

「……へ?」

この年、煉獄先生はやはり誰からもチョコを受け取らなかったらしい。
私だけがそれが事実ではないことを知っている。







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