※ファンブック2 ネタバレあり。
※死ネタ注意。


俺は血の匂いが苦手だ。
俺が大切なものを失う時、そして誰かが大切なものを失う時はいつも血の匂いがしていたから。
それが世の理というのなら仕方がないけれど、人一倍効く鼻を持って生まれた俺にとって血の匂いはどうしても好きになれなかった。

「凛!」

そう言って同期である凛の手を握る。
突然手を握られた凛は驚いたように目を丸くさせ炭治郎?と俺の名前を呼んだ。
ぱっと見て体に外傷は見当たらない。だけど顔色も酷く悪いし、脇腹辺りから濃い血の匂いがする。

「炭治郎、どしたの?」
「凛。怪我をしているな?」

そう聞くと凛が気まずそうに目を伏せる。俺は凛の手を引っ張ってしのぶさんのいる治療室へと連れて行くと観念したように凛は治療を受けてくれた。
治療の際に肌を晒すから出て行くように、としのぶさんに言われ俺は慌ててその場を後にするのだった。


「炭治郎」

中庭で型の稽古をしていた俺に手ぬぐいを差し出しながら凛が俺の名前を呼んだ。
ありがとうとその手ぬぐいを受け取り、汗を拭う。凛からは血の匂いはほとんどしなくなり薬品の匂いが強く匂う。良かった、ちゃんと手当てしてもらったんだな。

「炭治郎、よく分かったね」
「何がだ?」
「私が怪我をしてたこと。上手く隠したつもりだったんだけどなぁ」

どうして隠すんだ、と言おうと思ったが凛がこういう性格なのも知っている。彼女は極力人に迷惑をかけたくないといつも口にする。だから自分で手当て出来るものや、我慢出来るものは人にはあまり頼りたくないと言っていた。
もしかしたら俺は余計な世話を焼いてしまったのかもしれない。だけど、どうしても気付かないフリは出来なかった。

「俺は、鼻がよく効くんだ」
「鼻?」
「うん。だから、凛から血の匂いがするのに気付いたんだ。…血の匂いを嗅ぐと、どうしても放っておけなくて」

ごめんな、と凛に謝ると凛は寂しそうに眉を下げて俺の頭を撫でてきた。

「凛?」
「そっかぁ、辛かったね炭治郎」
「え?」
「血の匂い、好きじゃないんでしょ?だからそんな怯えたような顔をしたんだね」

凛に言われて目を見開く。
俺は、血の匂いが苦手だ。いつも俺や皆から大切なものを奪ってしまうから。鬼殺隊に身を置いてからますます血の匂いを嗅ぐ機会が増えた。仕方がないこととはいえ精神的にきついものがある。だけどそれが嫌だと、そんな甘えたことも言ってられない。俺は血の匂いに耐えて耐えて、嫌だという気持ちも押し殺そうとしていた、のに。

「……怖いんだ」
「うん」
「俺の前から大切な人がいなくなる時はいつも、血の匂いがしていたから」

父さん、婆ちゃん、母ちゃん、花子、竹雄、茂、六太。皆、俺の前からいなくなってしまう時は血の匂いをさせていた。
俺だけじゃない。誰かが亡くなる時は血の匂いをさせている時が多くて、そこに悲しみや涙の匂いが混ざる。血の匂いは悲しみの匂いに繋がるものなんだと嫌でも思い知らされた。

「炭治郎」

凛が刀を抜いて自分の指先を切りつける。出来た傷からは血が滲み出ていて、凛の血の匂いが俺の鼻を掠めた。

「凛!?な、何をしてるんだ…!」

傷は擦り傷のようなものだが凛が何故そんなことをしたのか全く理解出来ず俺は渡されていた手ぬぐいを咄嗟に凛の指先へと当てた。

「炭治郎、これが私の血の匂いだよ」
「え…?」
「これからも私は血を流し続けると思う。私は鬼殺隊士だから。でも、絶対炭治郎のところに帰ってくるって約束する」
「…………凛」
「だから炭治郎。そんな泣きそうな顔しないで。大丈夫、どれだけ血を流そうと私は炭治郎の前からいなくならないよ」

その言葉にぽろ、と涙が溢れた。
大切な人はいつも血の匂いと共にいなくなってしまう。その事実が嫌で、怖くて。
鬼殺隊に身を置いてからは日常的に誰かが血を流していて、先日会った人が少しすると亡くなっていることだってあった。
そんな中、俺は間違いなく疲弊していった。大切な人にいなくなってほしくないから刀を振るうのに、大切な人は増えるばかりで、そして俺の知らないうちにいなくなってしまう。怖くて堪らなかったんだ。

凛の血の匂いにはすぐに覚えた。いや、本当はずっと前から覚えていたんだ。
だって、彼女のことが好きだったから。
この匂いを嗅ぐ度に寒気がするほど怖くなっていたのを凛は気付いていたのかもしれない。だから怪我をしても隠すようになっていたんだ…

「凛」
「ん?」
「…俺の前から、いなくならないでくれ」

そう言うと凛は柔らかく笑って「いなくならないよ」と曇りのない匂いをさせて言ってくれた。



「私は、炭治郎の匂いは分からないのに」

いなくなってしまったのは貴方だったね。

血溜まりの中、二度と光を灯すことのない瞳に手をかけて目を閉じさせる。
酷い炭治郎。私は約束を守ったけれど、そういえば私は貴方に約束をさせてなかった。

「いなくならないでって、炭治郎が言ったのに」

炭治郎もいなくならないでねって、約束すれば良かった。
だけど、炭治郎があまりにも悲しそうな顔をするから大丈夫だよって。私はいなくならないからねって。それを言うので精一杯だった。
炭治郎に悲しい顔をしてほしくないから、どんな時でも生きようと抗った。私が帰ってくると炭治郎は本当に嬉しそうに微笑んでくれて嬉しかったよ。

「…怖いね」

好きだった人が、数秒先にはいなくなっている現実は怖くて受け入れられない。
炭治郎はずっと小さい時からこんな体験を何度もしていたんだとやっと知ることが出来た。

知りたくなんてなかった。


血の匂いは嫌い。
貴方を悲しい顔にさせるから。
そして、そんな貴方を思い出させる血の匂いのなんて大嫌いだ。








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