毎朝私の勝負は始まる。
大丈夫、私なら出来る。いつもそう自分に言い聞かせながら作業に移る。大好きな人に言ってもらいたい言葉を言ってもらうため、私は努力を惜しむつもりはない。それが実るかどうかは別として。

「お早う凛!今日も早いな!」
「お早うございます煉獄先生!き、昨日のお弁当はどうでしたか!?」

ドキドキと。
煉獄先生の返事を待っていると煉獄先生は眩しいくらいの笑顔を向けて、

「うむ!駄目だったぞ!」

といつも通りの返事を私に返すのだった。


***


「竈門炭治郎が憎い」
「な、なんなんだ急に。本人を前にして悪態を吐くのは良くないぞ凛」
「はぁ〜!?こんなにも美味しいご飯を作れる炭治郎が悪いでしょ!卵焼きうまー!」

あ!と炭治郎の許可を取らずに炭治郎のお弁当箱に入っていた卵焼きを一つ奪い取り口に含むともう、本当に美味しいから腹が立つ。
そんな私を見て善逸が呆れたように口を開く。

「何、まだ煉獄先生にお弁当届けてるの?」
「ぐっ。…だってまだ、美味しいって言ってもらったことないもん」
「あー、好きな人に手作りのお弁当を渡したいんで味見してくださいって、その好きな人本人にお願いしたんだっけ?」

そう。私は煉獄先生が好きだ。
しかし彼は先生で私は生徒という立場だ。そんな私からお弁当の差し入れを受け取ってくれというのは無理があるだろう。だけど私は知っている。煉獄先生は美味しいものを食べた時に「うまい!」と褒めてくれることを。そして目の前にいる炭治郎は手作りのパンを流れとはいえ煉獄先生に渡した時にうまい!と言ってもらったことがあるのだ。憎い。恨めしい。
いいなぁ、あれ。と思いなんとか煉獄先生に手作り弁当を食べてもらおうと考えた結果「好きな人に手作り弁当を食べてもらいたいので、先生で練習させて!」と大胆なお願いをしたところ煉獄先生は「そういうことなら協力しよう!」と快く引き受けてくれた。

「それで?かれこれもう一ヶ月くらいになるけどまだうまいって言ってもらえないの?」
「うるさいわ!髪の毛抜くぞ!!」
「痛い痛い痛い!八つ当たり反対!」
「あんだよ。お前そんなに飯作るの下手なのか?」
「あ!勝手に食べるな!」

伊之助が私のお弁当箱から卵焼きを一つ取って口に含む。どうせ美味しくないんでしょ。知ってるよ。煉獄先生に毎日駄目だったとか、精進したまえとか言われてるんだからさ。

「? 別に不味くねえぞ?」
「え!うそ!」
「権八郎の方が美味いけどな」
「くっそー!炭治郎許すまじ!」
「痛いいひゃい!頬をつねるな!」

「斎藤」

自分を呼ぶ声が聞こえた方へ振り返ると煉獄先生がそこに立っていて私はすぐに炭治郎の頬から手を離し駆け足で煉獄先生のところへ向かう。
珍しいな、昼休みに煉獄先生が教室に来るなんて。もしかしてお弁当が美味しかったのかな。今日のは良かったぞ、とかそれこそうまい!と言ってもらえるのだろうか。

「れ、煉獄先生!今日のお弁当はどうでしたか?」
「む。すまない!まだ食べていないんだ」
「そ、そうなんですか!今日は自信作だからきっと美味しいと思いますよ!」
「それは楽しみだな!時に斎藤」

そう言って煉獄先生は私の目を真っ直ぐと見据える。え、なに。いつもより顔が近い気がするんだけど気のせい?いや、確かに煉獄先生は生徒とは距離の近い人だけど私は煉獄先生にその、先生以上の感情を抱いているので意図しなくても顔に熱が分かっていくのが分かる。

「せ、先生?」
「俺が君の弁当を評価するまで、他の人…君の好きな人とやらには弁当は作らない約束だったよな?」
「? そうです、ね?」

そう。煉獄先生が私の弁当を食べるに当たって、私と煉獄先生は約束をしていた。煉獄先生がうまいと言うまでは諦めずに弁当作りをすること。そして、煉獄先生のお眼鏡に叶うまでは他の人…つまり好きな人にも弁当を渡しては駄目だと約束したのだ。私の好きな人は煉獄先生なのだから何の問題もないし、元々煉獄先生にうまい!と言ってもらうために始めた弁当作りだったのでその言葉をもらうまで弁当を作り続けて良いのは願ってもないことだ。
自分にはなんの損もないため私はその提案にすぐに乗ったのだけど…?

「うむ。斎藤が好きなのは嘴平少年ではあるまいな?」
「え!?ないですよ、伊之助はただの友達です!」

突然何を言い出すのか。全力で否定すれば煉獄先生は満面の笑みを浮かべて私の頭をわしゃわしゃと力強く撫でる。

「そうか!なら良い!邪魔をしてすまなかったな!」
「は、はぁ…?」

なんだかよく分からないけど煉獄先生はそれだけを言い残して去って行ってしまった。
だけど頭撫でてもらえたのは、嬉しかったな。へへ、と微笑む私を横目に善逸は口を開いていた。

「……こっわ」
「? どうしたんだ善逸」
「いやぁ。大人も大人で大変だなぁって思って」
「あ?何言ってんだ紋逸」
「いや、9割お前のせいだからね!?」
「「?」」

いつもは温厚な顔をしている煉獄先生にあんな顔で牽制されるなんてね。俺からすれば分かりやすいけれど当の本人も炭治郎も伊之助も気付いてないって嘘すぎでしょ?

(凛は多分、卒業するまでうまいって言ってもらえないんだろうなぁ…)

確信に近いそんな考えが過るが、凛本人はあんなにも嬉しそうにしてるしまあいいか。と善逸は食べかけのパンを再び口に含むのだった。


***


「お!煉獄。今日もド派手に美味そうな弁当じゃねぇか」
「宇髄!ああ。毎日の楽しみでな」

そう言って斎藤から受け取った弁当から先程嘴平少年が口にしていた卵焼きを口にする。
うむ、俺好みの味付けでうまい。
斎藤の作るものはどれも俺好みの味付けをしていて、たまに話していた好きな食べ物や味付けの話をよく覚えていてくれたものだと感心する。
可愛らしく微笑む姿も、頬を染める姿も。俺だけに見せればいいのにと思ってしまうほど焦がれているが相手は生徒で、しかも好きな人がいるというのだ。
教師として生徒の恋を応援するのは当然だろう。だが、男として彼女の恋を応援出来ないのもまた、当然なのだ。

「で?いつまで作って貰うんだよそれ」

宇髄に問いかけられ俺は彼女との約束を思い出す。
斎藤は俺がうまいと伝えない限りこの弁当を作り続け、そして好きな人にも弁当を渡さないと言ってくれた。

「そうだな。俺のものになるまで、だ」

俺は狡い男だ。そんなことを言われたら自分のものにするまでその言葉を口にすることはない。
そんな俺を見て宇髄は笑いながら「悪い先生だな」と言うのだった。







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