ユリ

Easter eggs







よびかた 水上



 彼の髪を人差し指でくるくると巻いて弄ぶ。よっぽど眠いのか、それとももう寝てしまったのか、どれだけ勝手をしてもお咎めがない。「……みずかみんぐ」「おいこら」かと思えば、私の一声に反応して急にこちらを向いた。あんまりに勢いがついていたものだから、びっくりしてぱちぱち瞬きする。彼は心底嫌そうな顔をしていた。
「起きてたんだ」「寝そうやったのに目ぇ覚めたわ。おまえ今なんて呼んだ?」「みずかみんぐ」「止めろや。口縫うぞ」「あだ名一つに対する代償が重過ぎない?!」
 敏志があんまりにも本気で拒むものだから、私はついつい弄りたいモードに入ってしまった。わざとらしく口を尖らせて、クレーマー然と振る舞う。
「王子くんは良くて私は駄目って可笑しくない? あ〜あ、敏志は私より王子くんの方が好きなんだ」「あいつにも許可は出してへんわ。勝手に呼びよんねん」「じゃあ私も勝手に呼ぶもん」
 敏志の顔には呆れが浮かぶ。面倒臭いな、って眠たげな目が言ってる。「なんでそんなに呼びたがんねん」な〜んて、野暮なことまで訊いてくる始末だ。
「だってずるいじゃん」「何が?」「その呼び方するの、王子くんだけでしょ。特別でずるい」「はあ?」
 私の言葉に何を思ったのか、敏志はしばらく口を噤んだ後、後ろ頭を掻いた。あ〜……と台詞を考えるように暫し呻いて、それから雑に私の髪を撫でたかと思うと、
「敏志って呼ぶんも、おまえくらいやで」
 おまえかて特別やろ、と言って、敏志は再び目蓋を閉じて眠る体勢についた。「え」らしくもない甘い言葉をくれたってのに、このまま寝るの? 普通はイチャイチャタイムに突入するところじゃないの?
「言い逃げはずるいやん!」




君の魂を返して 鳩原誕



 カメラを向けると、君は少し嫌そうな顔をした。「撮られるのはあんまり好きじゃないの」と。幼少期からカメラを趣味にしている私は、彼女の言葉に少しだけ悲しくなる。
「どうして?」
「昔、写真を撮られると魂を抜かれる、って聞いたことがあって。それ以来、どうにも写真が怖いの」
「迷信だよ」
「だろうね。分かってるけど、恐怖ってのは簡単には消えないんだよねぇ」
 写真は良いものだと、彼女に知って欲しかった。だから写真を撮る度に彼女に見せた。友人達の写真、花の写真、空の写真、夕焼けの写真、猫の写真。私の写真を見た彼女が、やっぱり私も撮って欲しいな、と言ってくれるのを待っていた。
 ──結局、私は終ぞ彼女の写真を撮ることが出来なかった。
 君の魂は今、いったいどこに居るのだろう。




最後でなくとも 犬飼誕



 23時59分、君に電話をかけた。おめでとう、と言う私に、忘れられてるんだと思った、と君が笑う。
 なんだかんだ多くの人から好かれている君だ、今日だってきっと沢山の「おめでとう」を貰ったのだろう。0時0分丁度に狙いを定めたって、私が1番になれる保証もなかった。
「だから“最後”になってやろうって思ったの」捻くれてんなあ、と笑われる。君にだけは言われたくない。私なんかよりよっぽど捻くれ者の君には。
「……でもやっぱり、直接言えば良かったわ。電話越しってのは味気ないわね」『じゃあ、明日会ったらもう1回言ってよ』「1日過ぎてるのに? なんだか不格好じゃない?」『不格好でも良いじゃん。おれが顔見て聞きたいの』なら仕方ないわね、と承諾する。ふと視線を遣ったデジタル時計が、5月2日の訪れを伝えていた。
『まあ、最初でも最後でもなくたって、おまえが1番で特別なのは変わんないよ』「…………そう」『はは、やっぱ顔見たいな〜。今どんな顔してんの?』「真顔よ」『嘘吐くの下手だねぇ』





撃ち抜かれてたまるか 隠岐



 つまらない授業を聞き流しながら、ふと視線を窓の外に投げる。(あ、隠岐が居る)体操服姿の彼をグラウンドの中に見付けた。体育の授業中なのだろう。しばらく眺めていると、視線に気付かれたのか偶然なのか、彼がこちらを見上げた。目が合う。
 隠岐は、す、と人差し指をこちらに向けた。目を凝らして見ると、親指を立てているのが分かる。指鉄砲だ。
(……うわ)心の中でシールド、と唱えたのと、隠岐がクイっと手を傾けたのはほぼ同時だった。何かを呟いて、隠岐の唇は弧を描く。『ヒット』多分、そう言われた。
『ば〜か』声に出さず、口だけ動かす。絶対間に合ったもん、シールド。
 やけに満足げな隠岐は、そのまま私に背を向けた。勝ち誇った気になりやがって。なんか腹立つなあ。


 終業後、後ろの席の水上に「おまえらほんまに仲えぇな」と笑われた。なんとも心外だ。
「隠岐に言っといて、生身の人間撃つのはマナー違反だよって」「あいつも生身やったからセーフやろ」「ちょっと、なんで水上もあいつの味方するのよ」「一応チームメイトやからな」





願掛け 米屋



 失恋した。「髪を切って欲しい」と言ったら、「どうなっても知らねーぞ」と笑いながらも、米屋は本当に私の髪を切ってくれた。数年振りにショートカットにしたら頭が軽くなって、気持ちも軽くなったような気がした。我ながら単純だ。
「米屋はここのところずっと伸ばしてるね、髪」「ん? あ〜そうだな」「切らないの?」「願掛けしてんだよ」「願掛け?」「そ。叶うまで伸ばすつもり。……あ、じゃあこうしようぜ。願い事が叶ったら、今度はおまえが切ってよ、オレの髪」「あはは、米屋って案外ロマンチストだよねぇ。良いよ、約束ね」


「髪を切ってくれ」と言われたから、初めて人の髪を切っている。「願掛けはもう良いの?」大人しく私に髪を切られている陽介は、「うん、もう叶ったからな」と笑う。「結局、願掛けってなんだったの?」「ほんとに分かんねーの?」「分かんないなあ」「その言い方、絶対分かってんだろ」あ、珍しく照れてる。どんな顔をしているのか気になって、手を止めた。「よーすけ、こっち見て」陽介が顔を上げる。肩に乗っていた髪がぱらぱらと、床に敷いた新聞紙の上に落ちていく。「教えてよ、陽介の願い事」逆さまの双眼が、私をじっと見詰める。
 陽介はすっと目を眇めた。彼の口角が綺麗な弧を描く。
「おまえがオレのもんになりますよーに。……なんてな」





サシ飲みはデートか否か 生駒誕



 業務連絡の為に生駒隊の作戦室を訪ねたら、絶賛誕生日パーティ中でぎょっとした。
「お楽しみの最中に水を差してごめん」「えぇよえぇよ」パーティハットと星型のサングラス、『本日の主役』タスキを身に付けた生駒が出迎えてくれる。お手本のような格好に思わず笑ってしまった。とても良く似合っている。
「もしかして××ちゃんも祝いに来てくれたん?」「いや……誕生日が今日だってことすら今知った」嬉しそうにキラキラ輝いていた表情が、私の返事のせいで途端に悲しそうな顔に変わる。なんだか申し訳なくなって、慌てて「おめでとう」と付け足した。
 何か渡せるものはないか、と探すものの、荷物を自分の作戦室に置いてきたせいでスマートフォンしか持っていない。
「……今度、ご飯行こっか。奢るよ」苦肉の策で絞り出したプレゼント。
「えっ、ほんま?!」「おおう……食い付きが凄いな。人の金で食べるご飯に飢えてるの?」「××ちゃんとのご飯に飢えてるねん」「確かに、最近飲み会とか出来てなかったね」「サシ?」「誰か呼ぶ?」「いや、サシがえぇわ」「別に良いけど、何そのこだわり。こわ」相手が関西人だからなのかな。生駒と話す時は、不思議とテンポが速くなる。
「日程はまた今度決めよ。そろそろ戻ってあげな、みんな待ってるよ」「後で連絡するわ」「了解。何食べたいか考えといてね」
 話を締め、作戦室を後にしようとする。とっておきの笑顔を湛えて、バースデーボーイは言った。

「サシってことはデートやな」

「あはは、デートではないでしょ」笑い飛ばすと、生駒はちょっと不機嫌に眉を顰める。なんだその顔は。
 じゃあね、と去る私を、生駒はひらひらと手を振りながら見送ってくれる。
 角を曲がったところで、思わずしゃがみ込んだ。
「デート……では、ないでしょ……」
 あんまりにも顔が熱い。さらっとああいうことを言うの、さすがにずるくない?









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