彼らは片道切符を握った


 ここ一週間程、ボーダー上層部は混乱に陥っている。隊員が二人、失踪したのだ。
 実はボーダー隊員が失踪したのはこれが初めてではない。その昔、鳩原未来隊員が一般人を引き連れて近界ネイバーフッドに行ったまま、今日まで姿を晦まし続けている。しかしその件に関しては外部に、どころかほとんどのボーダー隊員にも漏れていない。関係者には緘口令が敷かれ、見事に隠蔽された。
 しかし、今回はそうはいかなかった。一人は“あの”嵐山准、一人は“人を殺したであろうボーダー隊員”だったからだ。
 八日前、苗字が事故に遭った。苗字が運転していた自動車と、大型トラックとの衝突。トラック運転手は軽傷で済んだが苗字は重症だった。何度か見舞いに行ったが、苗字が目を覚ますことはなかった。それでもおれが絶望やら不安やらを感じなかったのは、彼女が目覚める未来がちゃんと見えていたからだ。
 事故に関しては、苗字は真っ当な被害者だった。監視カメラにちゃんと映像が残っており、赤信号で突っ込んできたのはトラックの方だったと判明した。トラックの運転手は大量の酒を飲んでいた。ここまでは、報道は苗字を『悲劇のヒロイン』として扱っていた。だが六日前、警察からの一つの発表で、状況は一転した。
 事故があったのと同じ日、三門市では一人の行方不明者が出ていた。彼は苗字の知り合いだった。そこに警察は関連性を見出してしまった。事故の検証の為に車を調べ、血液でも見付けてしまったのだろう。それが行方不明者のDNAと一致してしまった。家宅捜索が行われ、苗字が行方不明者を殺害したことはほぼ確定した。死体はまだ見付かっていない。
 警察は苗字が目覚めるのを待っていた。いつ起きても良いように、病室の前には常に見張りの警察官が居た。部屋の中に居なきゃ意味ないのになあ、と思いながら、おれは彼らを見ていた。
 二日前、嵐山が苗字の見舞いに行った。そして、苗字を連れてそのまま失踪した。病室で嵐山のトリガーが起動された記録があった。トリオン体になって苗字を抱えるなりなんなりして、病室の窓から飛び降りたのだろう。嵐山のトリガーホルダーは警戒区域内に捨てられていた。そこから先、二人の行方は分かっていない。
 防衛任務以外にも様々な仕事を受けていた嵐山が居なくなったことは、すぐメディアにバレた。ボーダー内で隠し切れるような話ではなかった。
 警察もボーダーも、今、血眼になって二人を捜している。

「あんた、どこまで見えてたのよ」

 ──小南は責めるように尖った口調でおれに問い掛けた。今日までに何人もの人から訊かれた質問だった。「何も見えてなかったよ」とおれは答える。大嘘だ。全部見えていた。はっきりと見えていた。はっきりと見えるくらい、確定的な未来だった。それでもおれは、彼らを止めなかった。

「迅の嘘つき」

 だって笑ってたんだ。今まで彼らを縛っていたしがらみの全てから解放されたみたいに、楽しそうに、幸せそうに、笑ってたんだ。そんな彼らの笑顔を見てしまっては、「やめろ」とは言えなかった。おれはそういう奴だった。

「返してよ、准のこと……っ!」

 その台詞がおれに向けられたものか、苗字に向けられたものかは分からなかった。だけど、彼らがもう帰ってこないのだということだけは分かっていた。




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