どうせ地獄に独りきり


 目が覚めて、重い目蓋を開けたらそこには白い天井が在って、吐きそうになった。思わず笑いが零れる。ああ、生きてしまったのか。

「名前っ!」

 二番目に視界に入ったのは准だった。嵐山准。私と同じ十九歳、私と同じボーダー隊員、私の恋人。ボーダーの広報担当、みんなの人気者、三門市の希望。そういう男。

「良かった、目覚めて……」

 准は私の右手を、自身の両手でぎゅっと包み込む。大事そうに、それはそれはとても大事そうに。あ〜、駄目だ本当に吐きそうだ。この感情は、なんだろうな。善悪で判断するならば、限りなく悪寄りの何かだ。そもそも、人間の感情を善か悪かの二極で語ろうとするなって話だけど。

「待ってろ、今先生を呼ぶから……」

 部屋──まあほぼ間違いなく病室だろう──を出ようと立ち上がった准の服の裾を引く。「どうしたんだ?」足を止めて私を見下げる准に、「いかなくていい」と答える。声が掠れた。しばらく喉を使っていないと声が上手く出なくなるというのは本当らしい。
 ゆっくりと体を起こす。あちこちが痛みに悲鳴を上げるが、取り敢えず聞こえないフリをする。「准、すわって」准は戸惑いながらも再び席に着いた。私はそっと手を離す。

「私、何日寝てたの?」
「今日で丁度一週間だ」

 待つ側からすれば長いのだろうが、もっと眠っていたかったというのが本音だ。というか目覚めたくなかった。どうやら私は神様に叩き起こされてしまったらしい。こんなに傷だらけになっても永眠することを許してくれないとは、神様ってのも性格が悪い。……まあそもそも、神様の存在なんて信じていないのだけれど。もしこの世に神様が居るのなら、それはきっと目の前に居るこの男だ。この男だけが私の神様だ。

「准は、今日は仕事じゃないの?」
「今日は休みだ」
「昨日は?」
「……? 防衛任務があった」
「明日は?」
「インタビューを受ける予定だ」
「なら、私は今日起きるべくして起きたのかもね。目覚めた時、准が隣に居てくれる今日という日に」

 准はちょっと困ったように笑う。そうだよともそんなことないとも言えずに困っている顔だ。面白い顔だなあ、とぼんやり思う。どれだけ無視しても体が痛む。多分、医者を呼んで薬を投与して貰うなりなんなりしなければならないのだろうけど、どうしてふたりっきりのこの空間を壊すようなことができよう。

「私がこんな状態になっても普通にオシゴトが出来ちゃうのね」

 刺の生えた私の言葉に、准はやっぱりただ困ったように笑うだけ。もっと苦しんで欲しいのに、私の刺では准に傷を付けられない。そういうところが大好きで、大嫌いだ。いつか誰かが──悠一だったかしら──言った、私の愛は歪んでいると。上等だ。あまりにも綺麗に整い過ぎているこの男にぴったりだろう、私という女は。

「なあ、名前」
「なぁに? 准」

 吐き気は治まってくれない。起床直後なのにここまで頭が回るのは久し振りだ。早く、気持ち悪い、早く上手な言い訳を見付けないと、早く、気持ち悪い、准、好き、

「あの日おまえ、何してたんだ?」

 好きよ、准。貴方のことが好きなの。ただ好きなだけなの。

「どうしてトリガーホルダー、持ってなかったんだ?」




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