欠員無視して幕は開く


 苗字名前について、おれは何も知らない。同じ隊に所属していたというのに、だ。名前、性別、年齢、通っていた学校、ポジション。そんな、誰でも知ることが出来るような情報こそ把握していたが、彼女のパーソナリティを、おれは一つとして知らなかった。
 人は一人では生きていけない、という言葉を良く耳にする。おれだって多分、一人では生きていけないだろう。もうすぐ二十になるが、日々他者に支えられていると感じる。綺麗事でも、模範解答でもなくて、本当にそう思うようになった。親の有難みってやつも、この歳になってようやく分かってきた。
 対して苗字名前は、一人で生きていけそうな女だった。他者に支えられたことなんて一度もない、という顔をしていた。『孤独』の二文字が妙に似合う人で、だけどその二文字は、寂しさを孕んではいなかった。彼女はそうあるべきだという気さえ──孤独で、孤高で、自立した存在でなければならないという気さえした。
 笑わなかったし泣かなかったし怒らなかった。彼女の感情の発露を、おれは一度も見たことがない。
 だから、だから驚いたのだ。彼女の名前がニュースで殺人の加害者として紹介されるのを見た時。彼女も殺したい程誰かを憎むことがあるのか、と。彼女と嵐山准が揃って姿を晦ましたのだという話を聞いた時。彼女は独りじゃなかったのか、と。
 苗字さんが事故に遭ったことを、おれは隊長づてに聞いた。見舞いには行かなかった。行けなかった。隊長も、他の隊員も行かなかっただろう。だっておれ達は赤の他人だった。おれが入院したとしても、きっと、いや間違いなく、苗字さんは見舞いには来ないだろう。自分達がそういう、あまりに希薄な関係だったのだと改めて気付かされた。最初からそんなこと分かっていたつもりだったけれど、実感させられたのだ。
 苗字さんが居なくても、おれ達の隊は通常通り防衛任務をこなしていた。ランク戦の次シーズンも近い内に始まる。休んでいる暇はない。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -