陳腐な最終回が良い


 好きなキャラクターが失恋した。幼少期から健気に主人公を思い続けた幼馴染み。長年の思いは報われず、ポッと出の転校生ヒロインに負けた。
 主人公と幼馴染みが「明日からまたいつも通りに振る舞おう」と約束を交わしたところで、読み進めるのを止めた。栞を挟んで本を閉じる。小学生の時に貰った栞だ。押し花にした四葉のクローバーを画用紙と一緒にラミネートして作った手作りの栞。『名前ちゃん、大すき!』画用紙に書かれた拙い文字を指でなぞる。何年経ってもこれを使い続けている私を見る度に、贈り主は「物持ちが良いねぇ」なんて笑う。あんたから貰ったものだからだよ、とは言わない。「貧乏性なんだよ」と返すだけ。
 さて。その贈り主──贈り物と同じ名を冠する女はと言えば、机に突っ伏して眠っている。それはもうすやすやと。教室の硬い机と椅子でここまでぐっすり眠れるのは彼女の適性が高いからなのか、よっぽど眠かったからなのか。最近立て込んでいたボーダーの仕事? 研究? がようやく落ち着いたらしい。詳しくは知らない。守秘義務があるから、なんて大人ぶったことを言って、彼女は私には何も教えてくれない。
 ボーダーでの彼女を私は知らない。だからこそ、ボーダー以外の場所に居る彼女のことを知っていたいと思う。例えばこんな放課後、眠る彼女の傍でただ本を読むだけでも良いから、同じ時間を過ごしたい。
 彼女の髪をそっと掬う。綺麗な黒髪。そっと口付けようとして、彼女のかたわらに置かれた赤い眼鏡と目が合った。「……はいはい」やりませんよ、そんな勇気もないですしね。ぱらぱらと机に落ちていく黒髪を眺めているのがやけに寂しい。

「ん……」

 身を捩り、しばらくうんうん唸った後、栞は顔を上げた。大きな欠伸を零したかと思うと、ぱちぱち、と瞬きする。欠伸によって湛えられた涙が、瞬きと共に落ちていく。「どれくらい寝てた〜?」「一時間」「えっ、そんなに!?」眠たげだった瞳がパッと見開かれる。寝起きから元気だなあ。

「名前のこと放置して寝ちゃってごめん!」ぱんっ! 両手を合わせて栞が謝罪する。
「大丈夫だよ、ずっと読書してたから」

 申し訳なさそうな表情のままの栞の額を指差して、「服の跡ついてるよ」と笑う。「嘘!」「ほんと」栞は恥ずかしそうに手の平で額を押さえた。
 跡を消したいのか、しばらく額をさすった後、栞はふと窓の外に視線を向けた。

「雨、止まないねぇ」

 窓を叩く雨音の中に栞の声が混ざる。彼女の声色は不思議なくらいに心地が良い。好きだなあ、と思う。報われないなあ。

「止むどころか強くなってる気がする」

 うんうん、と栞が頷いて同意を示す。家を出る前に確認した天気予報では降水確率は十パーセントだったのに、下校直前、急に雨が降り始めた。傘がないと困っていた私に、雨宿りしていこう、と栞が言ったのが一時間前の話。

「そろそろ帰ろっか〜」
「傘ないよ」
「それがあるんですなあ」

 によによと悪巧みをする子供のような顔をして、栞は鞄から折り畳み傘を取り出した。「持ってたんだ」驚きに目を丸める。

「一緒に入って帰りましょ〜!」

 外していた眼鏡を掛けながら、栞はニッと口角を上げた。
 
 
*
 
 
「お邪魔しま〜す」

 栞が開いた傘の中に入る。二人、並んで下駄箱を後にした。雨は止む気配もない。
 校門を出て、栞から傘の柄を奪い取った。私の方が高身長だし、そもそも入れて貰っている立場なのだから、こうするべきだろう。

「傘あるって言ってくれたら、すぐ帰れたのに」

 我ながら可愛げのない言葉のチョイスをしてしまった。間違えた。すぐに後悔するけれど、栞はそんなこと気にも留めずに優しく笑う。

「名前と一緒に居たかったからさ」

 結局寝ちゃったけど……。笑顔はすぐにやっちゃった、という悔いの表情に変わった。
 浮かれるな。冷静な私が釘を刺す。だけどこんなことを言われて浮かれないなんて無理だ。上がりそうになる口角を必死に抑えて、傘の柄を握る手に力を込める。ほんとにこいつは、人の気も知らずに簡単にこういうことを言うんだから。

「そういうのは恋人に言うもんだよ」
「も〜! 居ないって知ってるでしょ!」

 わざとらしく怒ったふりをする栞を、ごめんごめん、なんて宥める。そんなもん一生出来なくて良いよ、とは言葉にしなかった私のことを、誰か褒めてくれても良いと思う。

「それとも名前が恋人になる?」
「は?」
「恋人なら良いんでしょ? そういうこと言っても」
「…………馬鹿じゃないの」

 栞はころころと、心底楽しそうに笑う。勘弁してくれ。漏れそうになった溜め息は、隣の幼馴染みのあんまりにも可愛い笑顔のせいで溶けていった。
 雨はまだ止まない。


*


 それから三ヶ月が経った頃、例の小説の最終巻が出た。幼馴染みの気持ちを聞いてから急に意識し始めた主人公が、最後には転校生ではなく幼馴染みを選ぶ。ハッピーエンドだ、と後書きで作者は語る。ゆっくりと丁寧に変化していく関係性が売りの作品だったはずなのに、最後の最後でとんでもない急展開。ネットでは賛否両論……というか八割が否。
 読み終えて、「酷かったなあ」と少しだけ、笑ってしまった。酷かったけれど、私は結構好きなラストだった。





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