嫌なことがあったわけでもヤケを起こしたわけでもなく、ただ何となく飲みたい気分というものが大人にはある。
なんて大人数年目でそんなことを口にするのは、少し抵抗があるけれど。
だけど今、そんな気分なのだから私も社会に疲れている大人なのだろう。
体裁も何もかも抜きにして、帰り道にあるコンビニで買った缶ビールを近くの公園でグビグビと喉に押し入れる。

「っかぁー!うまい!」

誰もいない公園で遠慮などするものか。
疲れた体に効くのはやはりアルコールだ、なんて開き直ってみると途端に心と身体に虚しさが募った。
こんな時、何でも受け止めてくれる彼氏なんて存在がいればなぁと思う。
つまらないことで笑ったり、こんなオヤジ女の私に呆れてくれたり、そんな些細なことで良い。
だけど現実は悲しいかな、私は独りぼっちでこんな状況だ。
都合よく相手が現れてくれることもない。
大人になった私はそんな現実を良く知っていた。

「何やってんだろ」

無性に悲しくて切なくて、だけど何がなんて具体的な理由もなくただ心が寂しかった。
長らくときめくなんて感情を持った記憶がないせいだろうか。
女として、私の賞味期限はとっくに切れてしまっているのかもしれない。
ぼんやりと、シルバー仕様の缶を握り締めながら揺れないブランコを眺めて自分の惨めさに打ちのめされていた。
ちらりと見上げた視界の端。
何かが動く様子だけが見える。
良く目を凝らし、じっとその様子を眺めていると、ベンチに佇む影は同じようにシルバー仕様の缶を握り締めながらこちらを見ていた。

「あれ?阿部?」

思わず漏れた声に、暗闇に溶け込む影がもそりと動く。

「何してんのお前」
「あんたこそ」

私のカンは当たったようで、訝しげな表情で近付く男は同期だった。
眉間にシワを寄せ、相変わらず気難しげな表情で私の持つ缶を見て溜息を漏らす。
同じ状況、同じ格好で文句は言わせないと睨んだ私に、阿部はもう一度だけ溜息を吐いた。

「人のこと言えねぇのは分かるけど、それってどうなんだ?」
「う、うるさいな!私だってたまには飲みたい日くらいあるよ」
「だったらどっか店入りゃいいじゃん」
「高いしひとりじゃ入りづらいんだもん」
「だからってなぁ…」
「呆れられてんのは重々承知してますぅ」
「はぁ?何拗ねてんだよ。夜に女がひとりでこんな無防備にしてんなって話だろ」

隣に腰を落ち着かせ、阿部がグビリと喉を鳴らした。
そんな阿部の思わぬ返答は、飲もうと口を付けたままの缶をそのままに私の動きを止めてしまった。
驚いた。
このあまりにもな私の行動を、ただ非難されると思っていたのに。
この男は人の触れてほしくないところを無遠慮に突っつき、小馬鹿にした態度を取る男のはずだ。

「馬鹿面だぞ」
「そうだよね。あんたはそういう男だった」

100回言葉を交わせば、奇跡的に1回くらいは思わずハッとしてしまう言葉があっても不思議ではない。
きっとこんな気持ちでこんなイレギュラーな環境だからこそ、普段なら流せる言葉に反応をしてしまうのだろう。
だとすると私も相当キている。

「阿部こそこんなとこで飲んでないで誰か誘えばいいじゃん。あのでかい仕事成功したんでしょ?」
「だからだよ」
「何で?」
「しばらく四六時中誰かと一緒にいたからな。終わった後にまで気ぃ遣ったりすんのはごめんなんだよ」

あぁ、なるほど。
納得すると同時に、ようやく口の中へビールを流し込む。
隣では既に飲み干す仕草を見せ、「まさかお前がいるとは思わなかったけど」とやけに明るい笑い声が響いた。

「ひとりになりたい時に声かけて悪かったね」
「いや、別にひとりがよかったわけじゃねぇよ」
「そうなの?」
「気ぃ遣うのが面倒だってだけで、できれば取り留めのないこと話せる相手がいればなって思ってたし。むしろ好都合?」

つまりは阿部にとって私は気を遣う必要はなく、今夜探し求めていた相手そのものだったということだろうか。
だとしたら、それはそれで悪い気はしない。

「さ、そろそろ行くか」

クシャリと缶を潰し、静かに立ち上がる阿部を視線で追う。
思いがけず訪れた居心地の良い時間の終了は、些か寂しさを誘った。
まだ飲み終わらない缶を振って「私まだだから先帰っていーよ」と言えば、「バーカ」なんて再び呆れた声色が届いた。

「俺ん家で飲み直し」
「え、」
「それ持って来いよ」
「や、でも」
「ほんとはお前誘って飲みに行くつもりだったんだけど」

さっさと帰りやがって空気読めよな、なんて無茶な要求を投げかけ、阿部が振り返った。

「私、気の利いた言葉は言えないよ」
「んなのお前に求めてないから」
「変なの」
「つまんねーことで笑って、缶ビールがうまいって思える相手といんのが良いんだろ」

オヤジ臭いね、と笑った私に、「お前には言われたくねーな、それ」と阿部も笑うから、忘れかけていたはずの何かじわりと胸に染み渡った。


祝杯


「で、どうする?」
「お邪魔してしこたま飲ませて頂きます」
「その後の保証はありませんけどー」
「へ、変態!オヤジ!」
「何とでも」
「もう!ほら、行くよ!」
「結局行くんじゃん」

憎たらしくも男らしい笑いを零す阿部と、ガニ股で顔を真っ赤に歩き出す私。
それはひどく、ひどく滑稽で、ひどく、ひどく心揺さぶる夜の始まり。
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