「阿部にしちゃ、珍しいタイプだなとは思ってたけど」
「そぉか?あーいう手のかかるのが結局好みだって!三橋がいい例じゃん!」

周りのヒソヒソとした噂立ても耳に入らないほど、俺から出ている雰囲気は間違いなくその場の空気を悪くしているだろう。
自他共に認めるほどの短気さで、うじうじしているやつと自分の意見を口にできないやつが大嫌いだ。
三橋で相当根気を覚えたとは言え今もそれは変わらず、三橋に対しても苛立ちは収まらないしはっきりしない態度はいつだって俺の沸点に到達する。
そんな自分の性格を最もよく理解しているはずの俺自身が、どうして自分と対極にある人間と関わろうとしてしまうのか。
三橋はバッテリーとして若干仕方のなさは否めないけれど、彼女に対しては関わりたくなければ関わる必要などこれっぽっちもないのだ。
それでも何を思ってそうなったのか、自分で自分を問いただしたい。

「お前さぁ…」
「ご、ごめんなさい」
「別に謝れつってんじゃねーんだけど」
「ごめんなさい…」
「いやだから、謝んなつってんだろ」
「ごめんな…あ、」

はぁ、と盛大に溜め息を吐き出せば、小さな肩がビクリと怯えを示した。
明らかに言葉を発することさえ臆している態度は、多少なりとも俺の良心をチクリと射しているということを知っているのだろうか。
そもそもの原因が俺の態度なのだろうし、これでも一応はそれなりに気を遣ってはいる。
苛立ちの後にやってくる後悔も、彼女だからだというのにそれは何ひとる肝心な相手には伝わっていないのだ。

「怒ってねぇから」
「うん…」
「っつーかんなことでいちいち怒らねぇし」
「でも、」
「何?」
「…ううん」

そうしていつも、本音を飲み込む。
どれだけ引きずり出そうとしても、それを頑なに避け続けられるとなかなかに切ないものがあった。
そもそも本当に怒ってなどいなかったのだ。
珍しく教科書を忘れたと困っていたのでそれを貸せば、授業が終わったらすぐに返すと言って走って行ってから時間は過ぎること過ぎること。
いつの間にか昼休みになり、現れた彼女はひどく怯えたような態度で謝りっぱなしだった。
確かに、まだか?とは思っていた。
けれど俺自身その教科書がなければ困ることもなければ、授業もなかったのだ、一言「遅くなってごめん」だけがあればそれで済む話だと思う。
それでもしきりに謝り続ける彼女に、俺はやっぱりひたすらに正反対だと思わざるを得ないのだ。
明らかに良好な関係ではない。
そろそろ周りの視線も痛くなる始めたこともあり、小さく丸まっている肩に構うことなくゆっくりとその細い手を引く。
とりあえず、教室からは出たかった。
再び後ろから漏れる「ごめんなさい」に、もう何も言えはしなかった。

「あのさ」
「は、はい!」
「俺ら、付き合ってんじゃねぇの?」
「…え?」
「そこで聞き返すとかさぁ…」
「あ…」

人の気配のない渡り廊下で足を止める。
付いて来ていた小さな影も、遅れて足を止めた。
どうして、思ったことを口にしないのだろうか。
いや、それができないのだろうか。
いちいち頭で考えるからややこしくなるのだ。
何度そう言ったところで、それでも彼女の態度は変わらなかった。
そういう性格だからか、俺が言い出しにくい雰囲気でも出しているのか、恐らくどちらも正解で、どちらもこの悪循環を生み出している原因に違いない。
一方的に掴んでいる手を眺めながら、一度だけ深呼吸をする。
それを溜め息と勘違いしたのか、掴んでいる手がビクリと揺れた。

「俺は、素直なお前の言葉が聞きたいと思ってるよ。でもお前はさ、いつも顔色ばっか伺って自分の言葉で何も言わねーじゃん」
「そう、かな」
「そうだよ」
「…うん」
「言いたいこと飲み込んで、なかったことにすんなよ」

ここが学校だとかそんなものはどうでもよかった。
引っ張った腕に比例して、傾く身体を抱き止める。
そこでもまた何かを言おうとして言葉をグッと堪えた相手に、もうお手上げという意味で苦笑いを零した。

「あっ!違うの!」
「何だよ」
「あの、ね。言いたいことが、ないんだよ」
「…は?」
「いつも阿部くんが私の代わりに言葉を出してくれるから、それは口下手な私が言うよりすごく素敵な言葉だから!」

一気に顔の熱が上昇する。
今まで溜めていた分、吐き出される言葉の威力は計り知れない。
そんな顔を見られてたまるか、と更に腕の力を強めると囁くような笑い声が響いた。

「それじゃダメかな?」
「ん、もう分かったからいい」
「…うん」

時間なんて、ひとりひとり違って流れているものだ。
俺がそうだから、彼女もそうだとは限らない。
今までどうして、そんな簡単なことにも気付かなかったのか。
彼女のゆっくり流れる時間に、俺が合わせれば同じ時間を生きていける。
そんな期待が胸をくすぐった。


啼く


「時々はお前の言葉も聞きたいから、さ」
「うん、努力します」
「や、そーじゃなくて。お前が言いたいこと言えるその時まで待つから、もういいよ」

人それぞれ、なんて言い訳で俺とお前を区別するつもりは更々ない。
歩み寄れる俺たちだということを、お前が教えてくれたから。
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