どれだけ好きだと思っていても、自分だけがそれでは意味がない。
どれだけ傍にいたいと願っていても、相手が離れることを選択したなら仕方ない。
彼氏彼女の間柄では、独りよがりほど拙いものはないのだから。
そう自分に言い聞かせ、別れた理由を考えてみてもそんなものが理由だったかどうかも忘れてしまった。
それが、時間が過ぎるということなのだろう。
つくずく、そう思う。
どれだけ好きでいたって、離れた時間が長くなれば人はそれを過去にしていく。
随分と便利な脳みそを持っている人間は、どうやら私も例に漏れなかったらしい。
泣いたことも、辛かったことも、悩んだことも、もうあまり思い出せなかった。



「塾帰りか?」

すっかり暗くなった夜道で、不意に後ろに感じる人の気配に肩がビクリと跳ね上がった。
首だけを回して確認した声の主は、ふてぶてしく私を見下ろしてまるで夜に溶け込むような低い声で、「変わんねぇな」と言った。

「そっちは今まで部活?」
「夏が始まっからなー」
「そうだね」

驚くことはない。
学校にいればいつだって目を惹く存在だ。
そう、私にしてみれば久しぶりという感覚も、懐かしいと思うこともなかった。
だけど相手はそうではないらしく、ニッと口の端を上げて笑う。

「久しぶりだよな」
「うん」
「元気にしてたのかよ」
「うん」

自然と並ぶちぐはぐな高さの肩。
緩やかに進み始めた歩調。
隣にいられる権利を当たり前に持っていた頃にはいつも、必死にしがみ付いていた隣が今は、私のペースで少し戸惑う。
あの頃は、こうして歩くことさえも一生懸命だった。

「順調なの?」
「まぁな」

確かに私たちは三ヶ月前に別れた。
理由は色々ありすぎて、もう何を理由に別れを切り出したのかは覚えていない。
ただ好きでいるのが私だけのようで、相手は離れて行きたがっている気がして仕方なかったのだ。
皮肉なことに付き合っていた頃には、榛名をこんなにも近くに感じることはなかったような気がする。
そう思えば随分と不思議なことだらけだ。
まるで昨日も会って話していたような、そんなお互いの態度も受け入れている私たちも。

「お前さ、俺と別れて良いことあった?」

突然触れられた核心に、私の顔はきっと強張った。

「あんまり、かな」
「ん、俺も」

エナメルバッグから取り出されたペットボトルの中身を飲み干して、榛名はそれをぐしゃりと潰す。
元に戻すのは不可能になった手の中のものを見つめながら、「だからって元に戻りたいってことでもねぇけどさ」と空気に染み渡るように呟いた。
何を言いたいのか、何を望んでいるのか、結局私たちは何ひとつ分からないまま別れを告げ、分かっていないまま再び出会ってしまった。
そして確かに私たちは、気付いてしまったのだ。

「お前と別れて良いことはなかったけど、特別悪いこともなかったんだよな」
「そうだね」
「でも、やっぱお前にいてほしかったって思うことはいっぱいあった」

だけど私たちは元には戻れない。
明確な理由もなく逃げてしまった私と、それを許した榛名。
元に戻るにはあなりにも不確定なことが多すぎた。
だからきっと、私たちは元に戻ることは望まない。
榛名が握っているそのペットボトルのように、静かに今あるべき姿を受け止めながら、自分らしくいることを私たちは願うのだろう。

「なぁ」
「ん?」
「俺らがもっと大人だったら、何か変わってたと思うか?」

らしくないことを呟く横顔を見上げながら、「どうかな」と返事をすることが精一杯だった。
私たちの幼すぎた心が、行き違いが、笑い話になった時、その時も私は榛名を想っているのだろうか。
未来のことは何も分からない。
だけどそれで良いと思えた。
今ここで、私は榛名と並んで歩いている。
それだけで、構わないと思えた。

「大人になってからのことは分からないけど、今なら少しは違ったものになってたとは思うよ」

別れた理由なんて、すっかり忘れてしまっている。
気持ちにも、区切りがついていると思っていた。
だけど、きっと、三ヶ月前までの私たちとは違う。
同じではいられない。
だったらもう一度ではなく、新しく始めたい。
元に戻るのではなく、ここから始まる私たちでありたい。
そうして自然と触れ合い、重なり、繋がった手。
それ以上に相応しい答えなど、この世界には存在しない気がした。


月と潮


引かれ合う、魅かれ合う、惹かれ合う。
当たり前に存在する引力のように。
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