雨は夜まで降り続いた。
ようやくやんだと思えば、今度は気温が鰻登りという夏の片鱗が見え隠れした一日。
まだクーラーをつけるには早い時期というのが、一番性質が悪い。
そんな暑さに悩む夜には冷たいアイスでも食べて、テレビを見て、冷たい麦茶を一気飲みして寝るに限る。
けれど残念なことに我が家の冷蔵庫には氷と冷凍のお弁当シリーズはあっても、これからの季節の必需品であるアイスなんてシャレたものはひとつも転がっていなかった。
お母さんは分かってないよ。
そんな文句を零してみたものの、「自分で好きなの買う方がいいでしょ」ともっともらしい理由を盾に論破されてしまった。
とは言え、アイスのためだけに今からわざわざ外に出るというのも億劫で、諦めようと気持ちを切り替えようとするけれど、一度食べたいと思い立ってしまったものはどうにもならなかったりする。
面倒臭さと食べたい気持ちの行ったり来たりを繰り返しながらも、結局コンビニまでの道のりをお母さんの奇抜な色とデザインのツッカケで歩んでいる。
どうせ誰かに会うわけでもないし、と適当な格好で家を出たことをすぐに後悔することになった。



「お前それはないわ。いくら夜だからってコンビニだからってそれはない。俺でもない」
「う、うるさいなぁ!知り合いに会うなんて思ってなかったの!」
「ヨレヨレのTシャツと中学のハーフパンツに奇抜なサンダルねぇ…知り合いに会うとか以前の問題じゃね?」
「余計なお世話だ!」

コンビニ近くの曲がり角で偶然鉢合わせてしまった高瀬は、“あまりにも”な私の姿を見てすぐに指を差し、お腹を抱え、夜の静かな雰囲気を気にすることもなくケラケラとひたすらに笑い続けた。
ようやく落ち着きを見せたところでえらく最もな指摘をされたものの、一通り笑われた立場としては釈然としないものがある。
いつもなら何かしら、粗を見つけてネチネチを言い返しているところだろう。
けれど今日はとてもそんな意地の悪いことができそうにはなく、いまだクツクツと喉を鳴らして笑う高瀬にも、どうにもいつものように肩肘張って接することができなかった。
その理由は分かっている。
今日、高瀬の目標がひとつ潰えたことを私が知っているからだ。
あの雨の中、桐青と西浦の試合を私も観戦していた。
もちろん結果も知っているし、高瀬たちが悔しさで涙していたことも知っている。
その証拠に高瀬の瞼はまだほんのり赤く腫れていて、私を小馬鹿にするいつも通りの態度もどこか余所余所しさが滲んでいた。
私があの場にいたことを、高瀬もまた知っているのだ。
できるだけいつもどおりに振る舞う。
せめて居たたまれない雰囲気にならないよう高瀬なりの気遣いを感じるけれど、そのなけなしの努力を上手く掬ってあげることもできない私は、どうしても笑って受け流すことができなかった。
本当に誰にも会いたくなかったのは、高瀬の方だろう。
鉢合わせてしまった相手が今日のことを何も知らない、せめてきちんとした格好で隣り合っても恥ずかしくない女の子だったなら、高瀬の気持ちも少しは何かが違っていたかもしれない。
それなのに今日の一部始終を知っていて、尚且つやる気のない恥の塊のような格好をした私なんかと顔を合わせてしまったばかりにいらぬ気を回さなければならなくなった高瀬を思うと、申し訳なさや不甲斐なさに気分は滅入るばかりだった。
この絶妙に微妙な空気をどうしたものか。
悩んだところで結局良い考えなど浮かぶはずもなく、「今日は、お疲れ」などと苦し紛れに絞り出した声は、あからさまに気を遣っていますと宣言しているものになってしまった。
自分のポンコツ具合にいっそ殺してくれ、と心底思う。

「ん、サンキュ」
「ごめん、何か、その、気の利いたことも言えないで」
「俺もだろ。かっこわりーとこ見せたし、今も気ぃ遣わせてわりーな」
「どっちかと言うと私の方がカッコもクソもない感じだけどね」
「まあ、その格好は流石に庇い切れねーけど」
「私の身を削ったフォローを、君はそう言うふうに返すのかね」
「ウソウソ」
「どーだか」
「いやホント、会ったのがお前で助かった」

少し遠くを見つめるように言った高瀬のその言葉に、特に深い意味がないことは分かっている。
もしここで会った人が私ではなくて、クラスで一番可愛いアヤコちゃんでもきっと同じこと言ったのだろう。
だけど今、ここにいるのはアヤコちゃんでも他の女の子でもない私で、随分適当な格好で思いがけず高瀬の心に足を踏み入れてしまったのだ。
ごめんね、高瀬。
気の利いた励ましの言葉も、可愛い笑顔で接することも出来ない私で、ごめんね。

「仕方ない、私のこのなけなしの小遣いでアイスをおごってやろう」
「お、マジで?落ち込んでみるもんだなぁ」
「バカ!バカ!冗談でもそんなこと言わないの!」

何ムキになってんの、と笑いながら、一度だけ瞼を深く落とし、そしてすぐに前を向き直した高瀬は、「楽しみだわ、ハーゲンダッツ」と私のなけなしの小遣いが入った財布に大打撃を食らわせる気満々らしい。
ちょっとは遠慮をするところでは?という本音は、この際捨ててしまおう。
今日くらいは、と渋々了承を出したなら、すぐそこに佇む目的地に高瀬は背を向けた。

「コンビニはこっちだよ?」
「知ってる」
「え、じゃぁどこ行くの」
「ちょっと散歩しようぜ」
「…今から?」
「もう少しお前といたい」

不意に本日最高潮を記録する心臓の五月蝿さに襲われた私の顔は、夜で良かったと思うほど赤く、そして間抜けだったろう。。
この恥さらしな格好で練り歩くというのは些か気が引けるけれど、それでも良いと言われたのなら仕方ない。
私が良いと言ってくれるのなら、と心を決めて高瀬の隣に並んだ。

「そのサンダルってお前の?」
「違うよ。お母さんの」
「ってことはお前にもその奇抜なセンスが受け継がれてんだな。納得した」
「この格好のこと言ってんなら自分でもヒドイ自覚はあるからね。部屋着だからね、これ」
「いやいや、おかげさまで俺は元気出ましたよ」
「おかげさまで私は心が折れそうだよ」

ひどいく不恰好な出で立ちで、なけなしの小遣いを叩いて、それでもまぁいいかと丸め込まれてしまうのは、惚れた弱みというやつでしょうか。


お返し
期待しております



だから早く、いつもの高瀬に戻ってよ。
でないと私が強請れないでしょう?
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