「す、す、スライダー得意、だ!」
「三橋くん、得意な球種多いんだねぇ」

人とは少し違う態度なんてそんなこと、重々承知している。
それを含めて三橋くんの良いところで好きなところなのだけれど、今日はいつもにも増して何やら様子がおかしかった。

「す、す、寿司食べ、たい!」
「おいしいもんね、お寿司」

朝から何度も私に話しかけにきては『す』を連呼し、無理矢理な言葉を繋げた三橋くんの精一杯を無碍にはできまいと、何とかそれを拾い上げる。
話しかけてくれることはすごく嬉しい。
いつも私から話しかけなければ、その日一日全く会話がないということも少なくないのだから、嬉しくないはずがなかった。
けれどこの様子から察するに、恐らく誰かに何かを言われたのだろう。
その誰かとは、近くでニヤニヤと意味あり気に見ている泉と、「じれってー!」と騒いでいる田島あたりだろうか。

「あんたたち三橋くんに何言ったのよ」
「俺は何も言ってないぞ」
「じゃぁ田島?」
「だってよー、お前ら付き合ってんのに全然それらしくねぇじゃん!つまんねー!」
「つまんなくない!あんたが何言ったか知らないけど、三橋くん困ってるでしょーが!バカチン!」

田島の頭にゲンコツをひとつお見舞いする。
いってー!と頭を抱えて悲鳴を上げる田島に驚き、「た、田島くん!?」と三橋くんがオロオロしていた。
泉はまたしてもただ笑っている。

「ちょっと保護者、監督不行き届きだよ?」
「誰が保護者だ」
「え?だって泉がお父さんで浜田くんがお母さんじゃん」
「うげっ!気持ちわりーこと言うなよな!何で俺が留年野郎養わなきゃなんねぇんだよ!」

心底嫌そうな顔をしたまま泉がじっと、あの大きな瞳で私を見る。
何よ、と問えば「いや、まぁ俺もちょっと田島に賛成かなって」なんて急に話を戻された。
いつもならストッパー役をソツなくこなす泉が、放任していた理由を知って「大きなお世話だよ」と唇を尖らせるけれど、頭を抱えたままの田島がそれに泉に便乗する。

「だよな!まず呼び方がなってねぇよ」
「苗字に『さん』付け『くん』付けって、どうなのお前ら」
「別に呼びたいように呼べばいいじゃん」
「いやいや、ねぇ田島さん」
「そーそー!恋人たるもの名前呼びがジョーシキだろ!」

確かにそれはそうかもしれないけれど。
だけど必ずしもそうでなければならない、ということもないだろう。
私だって三橋くんのことをいつか名前で呼ぶことができたら、それはとても嬉しいと思う。
だけど今はまだ、恥ずかしさが勝っているから『三橋くん』で十分なのだ。
もっと三橋くんのことを知って行く中で、恥ずかしさよりも名前を呼びたいという想いが強くなる日がきっと来る。
だからその時のために、自然と呼び合えるようになるまでとっておきたいと思うのはおかしいことだろうか。
そう思いながら「まぁそれは今は置いといて」と話をそらし、事の発端へと戻る。

「で、結局三橋くんに何言ったのさ」
「三橋に好きって言ってるかって田島が聞いたら、言ってねぇっつーからそれじゃダメだって話になって今日中に言えよってなった」
「はぁ?」
「俺だったらぜってー会うたび言うし!」
「田島。この際はっきり言いうけど、あんたの感覚は一般常識ではありません」
「でもお前は言われたくねーの?」
「そりゃ言われたら、嬉しいけど」
「ほらみろ」
「でもそう言うの、強要されて言うもんじゃないでしょ」

自然に、それが私の望む唯一のこと。
まだ私が呼びかけるだけでもビクっと肩を揺らす三橋くんが、いつか自然に振り向いてくれるようになると良い。
名前だってそうだ。
私は今に満足しているから、何も先のことまで焦る必要はない。
だって、好きな人と同じ気持ちでいられるは以上ないくらい、素敵なことじゃないか。
言葉で伝えられれば嬉しいし、態度に出してくれればもっと嬉しいけれど、自然にで構わない。
言いたくなった時に言ってくれて、手を繋ぎたいと思えば繋いでくれる、それで十分だ。
それ以上を望んでしまえばきっとダメになってしまう。
私も無理をして好きということを意識なんてしたくはないし、三橋くんにだってしてほしくない。
自然に、好きだなぁって思えれば、それが何より大切なことだろう。

「ゆっくりでいいんだよ。呼び方も気持ちを表す言葉も全部、三橋くんのペースでいいからね」
「でも、俺、言いたい、よ」
「え?」
「名前で呼び、たいし、言い、たい!」

「お、お、お?」と意外そうなリアクションを見せる外野ふたりなどお構いなしに、三橋くんはマウンドにいる時のような真っ直ぐな瞳に私を映した。

「だって、お、俺、ずっと、毎日言いたか…った!」


君が好きなんだよって


饒舌な口から出る言葉より、真っ直ぐで不器用な言葉の方が私には堪らなく愛しいのです。


(いつかのニコルへのプレゼント)
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