休み時間はいつも、泉や三橋や田島と何か食ったりくだらないことを話したり、思いの外楽しく過ごせている二回目の一年生に俺はすっかり馴染んでいた。
あまりにもこの教室にいることが自然で、時々思い出したようにネタとして引っ張り出される以外は、自分がここにいる全員のひとつ上だと特別感じることはない。
それくらい普通に、思えるようになっていた。

「よっ!元気にしてる?」

俺にとっての当たり前な空間には、随分似つかわしくない声が飛んでくる。
視線を向けた先にいたのは、ドアに気だるそうにもたれている去年のクラスメイトで、手をヒラヒラと緩やかに振っていた。
何してんの、お前。

「ちょっと何よその顔。浜田のくせにムカつくなぁ」

疑わしい目で見ていたことを直感し、ズカズカ教室へ踏み込んで来ては俺の前で仁王立ちしてムギュッと音が出そうなほど俺の頬を抓り上げた。
ちょっとちょっとちょっと!爪!爪が食い込んでるんですけど!
声にならない悲鳴を上げながらジタバタともがく俺に、顔をクシャっと潰して笑うその癖がひどく懐かしいと思った。

「うん、やっぱこれが浜田だよね」
「あのなぁ…」
「聞いたよ、応援団してるんだって?」
「まーなっ」
「あんたは自分の脳みそ応援した方が良いと思うけど」
「余計はお世話だ!」
「あはは。元気そうだね、浜田」

少しほっとしたような顔を見せ、すぐに寂しげな表情を浮かべたのは気のせいではないだろう。
一年間、ずっと近くで見てきたのだ。
彼女の表情に出やすい些細な癖は分かりにくいようで分かりやすくて、無言のメッセージに俺はいつも折れてしまう。

「実はさ、ちょっとだけ心配してた」

そしてまた、顔をクシャっと潰して笑う。

「友達いんのかなぁとか、浮いてないかなぁとか思ってさ。梅原たちにそれとなく聞いたりしてたんだよ?」

何だそれ。
お前はいつも一番俺のことバカにしてたじゃん。

「なのにさ、自分で会いに行けば?とかツレないこと言うんだよね。梅原のくせに」

そんなに梅原と仲良かったっけ。

「マジで浜田に友達いなくて超浮いてたらすごい気まずいとか思っちゃって、決心つくのに結構時間かかったんだけど」

前置きが長くなる癖は変わってねぇのな。

「何だ、結構うまくやってんじゃん」

そこは素直に喜んでくれていいところだと思うけど。

「まぁあんたはちゃっかり何でもこなしちゃう方だもんね、勉強以外」

あーはいはい、否定しませんできません。

「良かったね。留年野郎でも仲良くしてくれる優しい子たちがいて」

まぁ泉がいたってのは確かに助かったかも。

「でも今は、やっぱり来るんじゃなかったなぁって思うよ」

何で?
俺は会いに来てくれてすげー嬉しかったのに。

「だってさ、今の浜田の居場所はここなんだなぁってさ。納得しちゃった」

睫毛を伏せて微笑むのは、寂しい時に出る癖で、あぁ、らしくない。
お前はいつも俺をバカにして、顔をクシャって潰して笑っていたのに、何だそれ、らしくない。
学年が違えることになってから二ヶ月しか経ってないのに、目の前に立つ元クラスメイトは二ヶ月前よりずっと大人びて見えた。
そうだ、今までこの教室で、このクラスメイトで、俺がひとつ上だということは大して気にする必要もなかった。
だけど俺は、お前とひとつ大きな差ができてしまったのだと、今更ながらに気付いてしまった。

「お前、綺麗になったな」
「は?何言ってんの。褒めたって何もあげないよ」
「や、マジで。遠くなったなって気付いたっつーか」
「…勝手に遠くに行ったのはあんたじゃん」
「だよな、俺マジでバカすぎ」
「やっと気付いたの?」

顔をクシャっと潰して笑う目の前の元クラスメイト。
やっぱりお前には、その笑い方が一番良く似合っている。

「うん、気付いた。やっぱり俺、お前が好きだわ」


他愛もない
六十億分の一



「今度は俺からも会いに行くから、その次はまたお前が会いに来いよな」

そしたらほら、たったひとつの学年差なんて、俺たちには何の障害にもならないだろう?
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