小学生の頃、私はものすごくお転婆で、女の子よりも男の子と遊ぶ方が好きだった。
そんな私は同じクラスだった浜ちゃんと呼んでいた男の子たちと野球をするのがとても大好きで、毎日日が暮れるまでみんなと泥だらけになって遊んでいた。
今考えれば、私にとって浜ちゃんは初恋の男の子だったのかもしれない。
だけどある日両親から突然告げられた、聞きなれない遠い地。
それは私たちがこの住み慣れた土地から離れるという意味であり、そのことを浜ちゃんたちに伝えることはできなかった。
最後の日も変わらず野球をして、いつもなら「また明日ね!」と別れるところをその日だけは「バイバイ」と手を大きく振って、自分なりのさようならをしたことを覚えている。
でも何も知らない浜ちゃんが言った「また明日な!」と響く言葉が、今でも私に少しの罪悪感を滲ませるのだ。
あの日の私に“また明日”はなかったのに、と。

私は約束を、破ってしまったままでいる。

それから数年が過ぎ、再び親の転勤で懐かしい土地に帰って来た私は、地元の公立高校に転校が決まっていた。
もしかしたら浜ちゃんがいるかもしれないし、いないかもしれない。
都合の良い期待をほんの少し持ちながら、転校初日を緊張で迎えた。
この時期の転校生がよほど珍しかったのか、「どこから来たの?」「どんな学校に通ってたの?」とそれはそれは注目の的だったけれど、その中には浜ちゃんはいなかった。
どこかで分かっていたことだ。
そんな都合の良い話など、あるはずがないと。
ほとんど諦めかけていた頃、その会話はタイミング良く耳を突いた。

「おー、久しぶりじゃん浜田」
「梅原いる?」
「購買じゃね?」
「そっか、サンキュー。ってか何か騒がしくね?」
「転校生が来たからなぁ」

浜田?

その声のする方を振り向くと、こちらを見ている金髪の男の子がいた。
背が高くて、声も低くて、だけどそれは、間違いなく大好きだった浜ちゃんで。

「あれ?どっかで見たことあるような…」
「何だ?もしかして一目惚れかよ浜田!」
「っば!ちげーよ!」

茶化す男子の頭上を越して投げかけられる視線に、私だよ!と願いを込めて視線を返す。
その瞬間みるみると大きくなる浜ちゃんの瞳は、驚きと懐かしさを帯びたものへと変わった。

「お前!?えぇー!戻って来たんか!」

叫び声にも近い浜ちゃんの言葉に、教室は一層どよめく。

「女の子らしくなってんじゃん!」
「再会早々失礼なこと言わないでよ」
「わいーわりー。何か懐かしくてよぉ。そうだ、実は三橋も西浦なんだぜ」
「廉ちゃんも!」
「そうそう、顔見せてやれよ。ぜってー喜ぶから!」

周りの目もお構いなしに、懐かしさに身を任せるお喋りは止まらない。
浜ちゃん、背が伸びたね。
だけどその笑顔は、全然変わってないね。
離れていた時間を取り戻すかのように、お互いに投げかける疑問と答え。
だけど和気藹々としていた雰囲気は「ところで、浜ちゃんって何組なの?」と私が聞いたことで少しばかり空気が変わった。

「あー、えっと、あの、さ」
「え?何か私聞いちゃいけないこと聞いちゃった?」
「いや、別にそういうんじゃねぇけど…俺、留年してんだわ」

だからお前とは学年が違うわけ。
少し困ったようにそう言った浜ちゃんに、「コイツ、バカだから!」と再び男子が茶化し始める。
唇を尖らせて野次に対抗している浜ちゃんをぼんやりと眺めて、今更ながらに気付いたのだ。
今の浜ちゃんのことを、私は何も知らない。
どんどんと押し寄せる疎外感は、こんなに近くにいても浜ちゃんは遠いことを知らしめた。

「あ!ヤベ!チャイム鳴っちまう!」
「一年はさっさと上の階に行けよー」
「うっせぇ!」
「あの、浜ちゃ、」
「じゃぁな」

一緒に野球をした最後の日のように、笑顔で浜ちゃんが手を振る。
それに応えるために私もそっと手を挙げる。
浜ちゃん、あの時私がいつまで経ってもこなくて心配してくれてた?
もしかしてずっと待っててくれた?
先生から私が転校したことを聞いて怒った?呆れた?
何でも良い、私は浜ちゃんに言いたかったんだ。

「浜ちゃん!ごめんね!約束破ってごめん!どうしても言えなくて、ずっと悩んでたけどやっぱり言えなかったの!でも浜ちゃんが言ったあの「また明日」が今でも耳から離れなくて!ずっとずっと私、浜ちゃんに言いたかったことがあるんだよ!」

廊下に響き渡る私の声。
驚いた顔で振り向く浜ちゃんに、「また、明日ね!」と大きく手を振ると、浜ちゃんも盛大な笑顔を添えてもう一度大きく手を振り返してくれた。


またあした


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テーマ「人外ファンタジー」
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