「週番ってすっげ大変だったんだなー。俺ずっと忘れててゴメンな」
「いいよいいよ。私も言わなかったし」
「何で教えてくんなかったの?」
「だっていつも早く部活に行きたそうにしてるから、そっち頑張ってほしいなぁって」

昨日の帰り、下駄箱でローファーに履き替えてる時に聞き覚えのある声が私の名前を呼んだ。

「お前こんな時間まで何してんだよ」
「あ、泉じゃん。お疲れー」
「お疲れーじゃなくて」
「週番だよ。のんびりやってたらこんな時間になっちゃった」
「6時までかかってるやつ初めて見たぞ」
「そっちはまだまだ練習中?」
「おー。ってか週番の相手誰?ひとりでさせるとか流石に鬼だろ」
「いいのいいの。どうせ明日までだし」
「で、相手誰?」

泉は可愛い顔をしている割に、こう言うところが結構頑固だ。
そしてそんな泉を引き出してしまったなら、大人しく白状するしかないのがいつものことで、渋々「田島です」とその大きな瞳に怯えながら告げると、「ふーん、そっか。まぁ気を付けて帰れよ」と言われて別れた後、田島の悲鳴がグラウンドから響き渡った。
恐らく泉にガツンとやられたのだろう。
可哀想なことをしてしまったと思いつつ、次の日も少し早めに登校するとまだ誰もいないはずの教室に田島がいた。

「あれ?早くない?」
「今日は俺が週番がんばっから、お前はゆっくりしてろよな」
「やっぱり昨日泉に怒られたんだね…」
「泉にっつーかモモカンにガツンとやられたー」
「モモカン?」
「おぅ!俺らの監督!」

それからずっと週番に勤しむ田島に対して流石に何もしないのは申し訳なくなり、こっそり手伝おうとすると見つかって取り上げられるということを何度か繰り返し、ついに放課後を迎える。
机を隣り合わせた田島が一生懸命日誌を書いてる間に窓の戸締りをして、あとはずっと田島が日誌に悪戦苦闘してる様子を見守りながら、時々ちょっと話しながら、時間だけが静かに過ぎて行くのを肌で感じた。
本当は少しだけ、楽しみにしてた週番だったのだ。
もし田島が週番だということを覚えていてくれたなら、一日少しずつだけど一緒にいられる時間があるという期待はどうしてもしてしまう。
けれど期待半分な部分は見事に的中し、田島は自分が週番だとは全く覚えてなくていつもどおり、授業が終わればすぐに走って部活へ行ってしまった。
週番だよって教えてあげればきっと、すごく悪いことをしたような顔をして一緒に仕事をしてくれたと思う。
だけどそれをしなかったのはきっと、野球を頑張ってる田島が大好きだからというありふれた理由だった。

「やーっと終わったぁー!っしゃー!」
「お疲れー。日誌出しとくから部活行っていいよ」

田島の前に無造作に置かれた日誌を取ろうとすると、日誌の上に田島の腕が乗る。
その行動に驚きながら、もう一度日誌を引けば更に乗せられた腕に力がこもったのか、ピクリとも動かなくなった。
何してんの、なんて平静を装いながら首を傾げると、ニカッと音が飛び出しそうほどの笑顔を向けて田島が言う。

「日誌出してお前送るまでが今日の俺の仕事!」

だから途中棄権はナシだかんな!と付け加えられ、呆気に取られた私の手を引き歩いていく田島の背中をぼんやりと眺めた。

背中、意外に大きいんだなぁ。

職員室の日誌置きにそれを立てかけ、また手を引かれて無言で歩く仄暗い校舎を通り抜ける。
引かれるままに歩いた先で辿り着いたのは駐輪場で、自転車にまたがり「家どこ?」と今度は田島が首を傾げた。

「いつもバスだから、バス停まででいいよ」
「言ったじゃん。棄権はナシって」
「や、でも遠いし」
「ダイジョーブダイジョーブ!ほら乗って!」

半ば強引に乗せられた自転車は思った以上に快適で、一定の速さでグングンと色々な人を追い抜いて走る。
何だかその丁寧な運転が少し意外で、振り落とされる覚悟さえしていたのに拍子抜けだ。

「たじまー」
「んー!」
「安全運転だねー」
「お前乗っけてっからなー」
「私?」
「そー」
「ふーん」
「ま、落っこちてもぜってー拾い上げるけど!」

田島にとっては何気ない一言が、いつだって私の気持ちを膨らませる。
私の家へと近付けば近付くほど、どんどんと夕焼けの光が沈んでいった。
乗せてもらっている立場で不謹慎甚だしいけれど、私の家がもっと遠ければ良かったのにと思わずにはいられない。
だったらもっと、田島の背中を見続けていられたのに。

「次どっち?」
「ひだりー」
「あいよー!」

取り留めのない話が嬉しくて、だけど見覚えのある景色が通り過ぎるほど切なくて、寂しさにも似た感情がせめぎ立てる。
思わず目の前で揺れるシャツを握ってしまったけれど、田島は特に気にする様子もなく自転車を走らせた。

「右に曲がんぞー!」
「え…!?わっ、ちょっとっ!」

宣言通り大きく旋回して右へと曲がると、「今のトンボみてーじゃね!?」と漏らされる笑い声に私もつられて笑ってしまう。
下りの坂道がどんどんとスピードを加速させる度に、私のとれかけのウェーブヘアーが風に乗ってふわふわと浮いた。

「うぉ!流れ星だ!」
「ウソウソ!どこ!?」
「もー消えちった!」
「えー!見たかったのに!」

まだ暗くなる一歩手前の夕焼け色が、微かに残る空を見上げる。
また流れてはくれないだろうか。
願いを乗せて伝えたい言葉があるのに。

「願い事考えとけよ!」
「え?」
「また流れっからよ」
「えーウソだぁ」
「マジマジ!」
「田島は?願い事があるの?」
「んー…言いたいことならある」
「私も、願い事より言いたいことがあるよ」

そしてもう一度、空を見上げて田島の野生のカンを信じてみる。
せーので言うからフライングはなしだよ、と念を押せば「リョーカイ!」と元気な声が届いた。
せっかく田島がしてくれた遠回り。
だからお願い神様仏様、決して信心深くはないけれど、もう一度、せっかく湧いた勇気のために…!

「お!流れた!」
「「せーの!」」


君とサンセット


「「すきすきすき!」」


(いつかの宇佐美へのプレゼント)
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