7時48分発の電車の前から二両目左端に乗り込んで、学校の最寄り駅で降りた後は駅前のコンビニに寄り、500mlのパックジュースを買ってのんびり歩いて登校する。
それからちらほら出会うクラスメイトや中学からの知り合いと「おはよう」なんて在り来たりに挨拶を繰り返し、前を歩いてる友達に声をかけて一緒に校門を潜ることが私のいつもの日常だった。
当たり障りのない会話を下駄箱までの道のりですることも、毎日恒例のいつものこと。
けれど今日は、どうにも何かが違った。

「オッハヨー!」
「え、あ、おはよう」

私たちの前に立つスポーツバッグを背負った男の子は、ごく普通に挨拶を投げかけたので私もそれに倣った。
どこからどう見ても、ごく自然な朝の風景だ。
そしてどこからどう見ても、有り得ない光景だった。
私と田島(って人だったように思う)って話したことありましたっけ?

「あのさ、ちょっと話したいことあるんだけど」
「私に?」
「そう!」
「何、かな」
「好きだから付き合って!」

噂どおりの眩しい笑顔、そして堂々とした態度に返事を促されるのが分かる。
隣の友達なんて大笑いしているし、周りを歩いている見知らぬ生徒たちは驚いたり本見本意に好奇な眼差し手私たちを見ていた。
何だこれ、新手のイジメか何かですか?
まるで「田島って野球好き?」「うん、好き!」的なこの軽いノリは、やっぱり新手のイジメですか?
今すぐ立ち去りたい気持ちを抑えて、ちらりと田島を見ればやっぱり噂どおりの眩しい笑顔とキラキラと輝く視線を私に投げかけていた。

「だから、俺お前のことが好きなの」
「はぁ」
「それって『はぁ…(恋する乙女の溜め息)田島くんのこと私もずっと前から好きだったの…私を彼女にしてください!』のはぁ?」
「あ、それはない」
「ないのっ!?」

ガックリと音がしそうなほど分かりやすく肩を落とした田島に少し、可哀想なことを言ってしまっただろうかと様子を伺う。
それにしても何とポジティブな解釈の仕方だろうか。
ここまでくるといっそ感心してしまう。
まだ肩を下げたままの田島に「何かの罰ゲーム?」と尋ねれば、「それ超シツレー」とひどく不機嫌な顔をされてしまった。

「俺はちゃんとお前が好きだから好きだって言ってんの!」
「だって私たち話したこともないのに」
「今話してんじゃん」
「いや、そうじゃなくて。好きになるのって一応きっかけみたいなものがあるでしょ?」
「んー、何かずっとシャキっとしてて女なのにかっけーなって思って話しかけたいなとも思ってたんだけど何か意外にドキドキして話しかけらんなくて、何でかなーって思ってたら好きだからじゃねぇのって泉に言われて気付いた!俺、お前が好きなんだよ」
「はぁ」
「それって『はぁ…(恋する乙女の溜め息)もう私も田島くんが好き!今すぐ抱きしめて!』のはぁ?」
「あ、それはない」
「ないのっ!?」

更にガックリと肩を落とした田島が、恨めしそうに顔を上げて私を見た。
まるで捨てられた子犬のようなそれは、若干卑怯さを否めない。
その目は無言で私を責めていて、私にはどうしようもないというのにやはり悪い気がしてしまうぼだから困ってしまう
恨めしそうに私を見上げる田島と、明らかに困っている私。
そんな私たちを見かねたのか、近くにいた泉と呼ばれていた男の子からありがたい助け舟が差し伸べられた。

「たーじま、あんましつこくすっと嫌われんぞ」
「えー!だってやっと話しかけられたの泉だって知ってるじゃん」
「お前はもうちょっと時間をかけるってことを覚えろよ」

ほらもう行くぞ、と田島の襟元を掴んで歩いていく泉という子は、少し振り返って悪かったと言いたげな顔で苦笑していた。
いや、十分助かりましたよありがとう。
あのままでは田島は折れない、私も折れるわけにはいかない、なんて収拾のつかない事態に陥っていたはずだ。
気を利かせてくれた彼に会釈をすると、後ろ向きで引きずられる田島が私に手を振っていた。

「お前、ぜってー俺のこと好きになっからな!ゲンミツに!」

ギョっとする私に、まだ笑顔で手を振り続ける田島。
結果的に見送る形になってしまった私はうっかり「あ、それはない」と言いそびれてしまった。


有り得ない日常


二ヶ月後の私が、言いそびれた言葉を言わなくて良かったと思っているなんてそんなこと、知る由もないのだけれど。
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