機能より可愛さを重視して買った、20インチの自転車に悲劇が起こった。
無理矢理友達を後ろに乗せたためにスタンドの部品が歪み、我が身ひとつその場に留まるだけでも一苦労。
スタンドのところに足を置いてたせいで、余計な負荷がかかってしまったのだろう。
折りたたみ式の自転車は強度がないからやめておけ、と幼い頃からお世話になっている自転車屋のおじさんの念押しに、耳を傾けておけば良かった。
家に止めておく分にはまだ何とでもなるのだ。
柱にもたれかかる形で、横たえる事態は避けられていた。
だけど見事に安定をなくしたそれを、支えも何もないところで立てて置いてこうくことは、学校の駐輪場では思った以上に至難の業だった。

「倒しておくしかないかなぁ」

ハンドルを支えているこの手を放してしまえば、簡単に倒れてしまう厄介なものに手をこまねいていると、「どうかした?」と朝に似つかわしい軽やかな声が向けられた。

「ちょっとスタンド壊れちゃって」
「ホントだ。これじゃ立てらんないじゃん」

あちゃー、と自分のことのように身を乗り出して、栄口が困ったような表情を浮かべる。
今にも倒れそうな非力な自転車の隣に、標準サイズの自転車が止められた。

「ちょっと貸してみて」

そう言って、栄口は私の手から自転車を受け取り、何度か色々な方向へ傾けるけれど結局私の自転車はグラリグラリと重力に逆らえずにあちらこちらへ。
次々とクラスメイトたちが自転車を止めていく中で、私と栄口だけがその場から動かない。
いや、動けなかった。
きっと話しかけてしまったことを後悔しているに違いない。
現に通り過ぎて行ったクラスメイトたちは見て見ぬ振りをしつつ、伺うような笑顔で挨拶をするだけだ。
それがきっと普通であり、正解であり、彼は良い人すぎるが故に貧乏くじを引いてしまった。
巻き込んだ私が、言えたことではないけれど。

「もう良いよ?どこかに横たえておくし」
「それじゃ自転車が傷むよ」
「でも、このままじゃ遅刻しちゃう」
「うーん」

どうにかならないものか、と何とかしようとしてくれているその背中に申し訳なさばかりが募る。

「厄介なことに巻き込んでごめんね」
「いいよ、自分で声かけたんだし」
「だけどホントにもう大丈夫だから、ありがとう」

そう言って栄口の手元から今度は私がハンドルを取ろうとすると、何かをひらめいたように手早く自分の自転車を更に私のそれへ近付けた。
取り出す際に苦労しそうなほどのその距離に、私の頭には疑問ばかりが浮かぶ。
どうするの?と問いかければ、「まぁ見てて」と優しい微笑みが返ってきた。

「こういう自転車の鍵ってチェーンだよね?」
「これだけど…」
「大丈夫、何とかなりそうだよ」

貸して、と再び私の自転車を手に取り、そっと栄口の自転車の方へと傾けた。
倒れてしまう、と大きな音に備えて目を堅く閉じ、肩を竦めたところで予想したものは襲ってはこない。
ゆっくりと開いた瞼の先には静かに寄り添っている私の自転車と、それをしっかりと支えてくれている栄口の自転車。
離れてしまわないよう、ふたつの車輪を結んだチェーンに鍵をかけて満足そうに栄口が笑った。

「な?これなら大丈夫だろ」
「うん」
「俺は朝も夕方も練習あるから先に来て遅く帰るし、安心してもたれさせといて」
「ありがとう、すごく助かる」

安心から漏れた笑みが自然と顔を彩る。
すると栄口の顔が耳まで真っ赤になり、慌てたように顔をそらした。
その様子に思わず照れてしまったのは私の方。
何とも言えない空気が流れる中で、「急いげよー!」と先生たちの声がお互いの耳に届いた。

「もうそんな時間!」

もうすぐチャイムが鳴ってしまう。
タイムリミットは近付いていた。
急ごう!と私の手を自然に掴んだ栄口につられ、私の足も次第に走り出す。
引かれる腕のまま振り返れば、仲睦まじく寄り添っている自転車がふたつ、景色に溶け込んでいた。

「そっちが特別不便感じないなら、急いで直さなくていいよ」
「でも、」
「スタンドとかって、ほら、直すのに結構お金かかるらしいし…って余計なお世話、かな」

相変わらず耳まで真っ赤で、なのにはっきりしたことは言わなくて。
それでも私のペースに合わせられた走るスピードは、ひどくくすぐったい。
そうだ、これはきっときっかけにすぎないのだ。
誰かを特別に思えるほんの些細で、大切な、ちょっとした出来事であり大事件。
そしてここから一歩踏み出したいと思うなら、私がすべきことは決まっている。

「しっかり、支えてね」

繋がったのは心か手か、はたまた自転車か。
更に真っ赤になった耳を見て、大笑いする私に「そこまで笑わなくたって…」と不満が漏れる。
だけどきっと、私たちはお互いに同じ情景が頭の中で浮かんでいたはずだ。
遠くない未来、私たちが寄り添い合っているその姿を。


ある日のふたり


一部始終を目撃していた野球部に絡まれることになるなんて、この時の私たちには思いもしないことだけれど。
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