結婚して、もうすぐ一年になる。
今時若くに結婚したよね、と友達からは言われたけれど、年齢を気にして結婚したつもりはない。
付き合いも長く、お互い大学を卒業して社会人となり、それでも変わらず相手を想い続けいると自然に将来のことを意識し始めたからだ。
こんなご時世とは言え、贅沢をしなければ十分に生活をしていける収入と貯蓄があり、ようやく夫婦という関係にも慣れ、苗字が変わったことにも実感が湧くようになった頃だった。

「こういうの、何て言ったらいいんだろう」

妙にそわそわする気持ちを抑えながら、夫の帰りを待つ。
普段なら、働いて帰って来る旦那様のためにそれなりの手料理を作っている時間だ。
けれど今日は、どうにもそんなことをしていられる余裕がなかった。
もうすぐ帰って来るだろうか。
二分置きに壁にかかった時計と睨めっこを繰り返していると、ガチャンと鍵を開ける音が狭い部屋に響いた。

「おかえりなさい」
「おー、ただいま。で、どうだった?」
「え!?」
「いや、病院。ずっと体調悪いから行くつってたじゃん」
「あ、うんうん、そうそう、病院ね。そう、行ってきた」
「で?何か言われた?」

朝何気なく交わした言葉を律儀に覚えているのは、流石だなぁと感心する。
黙々と脱いだスーツをハンガーにかけながら、孝介の視線は私を捕らえて離さないから困ったものだ。
まだ心の準備が、十分にできていないというのに。

「…何、もしかして病気だったとか?」
「そうじゃなくて!あの、ね」

煮え切らない私の態度に、孝介の両手が私の頭をガチっと固めた。
その瞬間思い切り揺らされるそれに、私は「ギャー!」と色気も可愛気もない叫び声を上げる。

「ちょちょちょ、タンマ!タンマ!今はマズイ!」
「あぁ?ぐずぐずもったいぶって言わねぇからだろ」
「違うって!お腹に赤ちゃん!いるんだって!」

だから刺激はよくないよ、と続けようとした時それはピタリと止まった。
もともと大きな孝介の瞳が更にまんまるく育つ。

「は?赤ちゃん?」
「うん。いるんだって」
「体調不良って、それ?」
「だったみたい。まさかすぎて私もあんまり受け止めきれてないんけど」

とりあえず、お母さんになれたみたい。
そう言葉に出すと、孝介がヘタるように床に座り込んだ。
唐突に知ることとなったからか、よほど大きな衝撃を受けたらしい。

「孝介もお父さんになるんだよ」
「マジか」
「マジマジ。すごくない?」
「うん、すげーな」
「ねっ。私と孝介の半分ずつで繋がった子が、ここにいるんだって」

まだウンともスンとも言わないお腹をさりながら、孝介が不意に「ありがとう」と微笑む。

「まだ産んでないよ?」
「授かったことにまず感謝だろ」

な?、と諭すように言葉を紡ぐ孝介を心から愛しいと思う。
生を受けたばかりのお腹の子も、孝介が父親で嬉しいに違いない。
優しい人を選んだものだ。
我ながら男を見る目に間違いはない、と誇らしい。

「バタバタしちゃって、ご飯も何も用意できてないんだ」
「いいって。体調も良くねぇんだから無理すんな」
「出前でも取ろうか?」
「作るからいいよ」
「仕事で疲れてるのに」
「今のでかなりガッツ湧いたっつの」

踏ん張りますよ、父親ですから。
嬉しそうにシャツを捲り上げながら、孝介が笑う。

「男の子かな、女の子かな」
「気が早いって」
「男の子なら野球させたいね。自然と孝介に影響されちゃったりして」
「野球だったら一緒に遊べるしな」
「女の子だったら孝介すっごい溺愛しそう」
「そうか?」
「うん」
「まぁ男でも女でもどっちでもいいよ」
「どっちでもきっと可愛いもんね」
「そうだけど、お前が元気に幸せでいられるなら何だっていい」

冷蔵庫から取り出された食材を大ざっぱに切り、手際良くフライパンを揺すりながら孝介は平然と言ってのけた。
私は嬉しい反面、少しだけ寂しく少しだけ新鮮に思う。

「子どもが産まれたら、そんな言葉も全部この子のものになっちゃうね」
「何で?」
「子どもが一番になるでしょ?」
「それはお前が一番に考えてくれてりゃいいの」
「えー、孝介は?」
「俺はお前のこと、これからも一番に考えてるから」

じゃぁ子どもは?
そう表情で問いかければ、「お前の次かなぁ」と言ってフライパンの中身を真っ白なお皿へと流し込む。
男料理、と言うに相応しい作り方を披露しながら孝介は次々と料理を仕上げていった。

「この子も、そんな嬉しいこと言ってくれる人に出会えるのかな」
「だから気が早いって」

大笑いをしながら、孝介が私の隣へ腰を下ろす。

「色んなやつと出会ってくんじゃね?俺らだってそうだったわけだし」
「そうだね」
「良いやつとは友達になって、遊んだり喧嘩したりするだろうし」
「悪い子にも出会うよねー」
「そりゃな。それで学んでくんだろ」
「うん」
「そんなこと繰り返して、最終的に一生一緒に生きてくやつを見つけるんだろうな」

柔らかく微笑んだ孝介の表情は、私の一番好きな顔だ。
ちりちりと胸を焦がすようなこの感覚は、久しく味わっていない。
まるで初めて孝介と心を通い合わせた瞬間のように、胸の高鳴りが脈打つ。
私も孝介も、様々な出会いと別れという経験を繰り返しながら出会ったのだ。

そして君が生まれ、出会えるんだね。

そこに確かに存在している命に、そう語りかける。
まだ何の動きも感じることはできないけれど、私と孝介の想いを感じて育ってくれればそれほど嬉しいことはないと思う。

「食えるんなら食えよ。お前が体力つけなきゃだろ」
「孝介」
「ん?」
「私、すごく幸せ」

面食らったように孝介の口元でお箸が止まる。
ポロンと零れ落ちたおかずを気にも止めず、孝介が照れたように視線を泳がした。
くすぐったく感じるその全てが愛しい。
ふたりの関係を称する呼び名が変わっていっても、きっと私が孝介を想う気持ちは変わらないと思う。
その気持ちの呼び名も、きっと変わらないのだろう。
そしてそれが繋がり、形となり、私の中に宿っているのだ。
これを幸せと言わず、何と表現すればいいのか私には他に見つからない。
良くも悪くも変わっていくものが浮き彫りになる中で、変わらないものがあってもいいと思えるようになるには時間がかかった。
それでも、確かめずにはいられないのだ。
確かめた結果、変わらないものは必ず存在する。
こうして私は妻になり、母となってもきっと変わらないのだ。
ずっとずっと、孝介に恋をして生きていく。
それだけは、天地が引っくり返ったとしても断言できるだろう。

「いっぱい愛してあげようね」
「そうだな」
「そしたらこの子もいっぱい愛せる子になるよ。そうやって続けていくの」
「何を?」

愛する形を繋ぐリレーを。


累累


積み重なり続いてゆく、今日も、明日も、明後日も。


(企画『relay』への提出品)
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