『そんなことでいちいち突っかかってたら、そのうち泉くんに愛想尽かされちゃうよ?』

それは友達にとって、何てことはない言葉だったのだと思う。
そして私にとっては、恐ろしく的を射ている言葉だった。
いつも些細なことで喧嘩になる私と孝介。
その愚痴を聞いてもらうための電話で、鼓膜を震わせたその言葉が頭から離れなかった。
考えれば考えるほど、孝介も今まで良く付き合ってくれているなと思うことばかりだ。
一ヶ月前に喧嘩した理由は何だった?
忘れた。
その一ヶ月の間に何度衝突したかさえ分からないのに、理由なんていちいち覚えていない。
一週間前の喧嘩の理由は何だった?
確か孝介が待ち合わせ時間に間に合わなかったことが原因。
三日前の喧嘩の理由は何だった?
確か孝介がメールするって言ったのを忘れて寝たことが原因。
そして今日の喧嘩の理由は何だった?
孝介が知らない女の子から告白されていたのが原因。
どれをどう考えてみても、私の我慢不足が根本の原因なのは明らかで、いちいち些細なことで孝介に突っかかるから喧嘩になる。
携帯料金を鑑みて据置型の電話での通話は、しばらくの沈黙のあと『ねぇ聞こえてる?』という受話器から聞こえる友達の声は既に届かなかった。
私、いつ愛想尽かされても仕方のないことしかしていない。
突然気付かされたその不安に、一方的にかけた電話を「ゴメン、もう遅いし切るね」と自分勝手な言葉で締め、受話器を置いた。
きっと友達は怒っているだろう。
それでももう不安だけが心を満たしていた。
そう言えばいつもならそろそろ孝介から、何気ないメールか電話が届くはずなのだ。
宿題やった?とか明日昼飯一緒に食おうとか、喧嘩してるの分かってる?と問いたくなるような些細で、ごく日常的な連絡がやってくる。
けれど今日は、携帯が鳴る気配さえ感じない。
なんて狙ったようなタイミングなんだろうか。
今にも押しつぶされそうな気持ちを抑え、祈るように携帯を握り締めた。
やはり携帯の鳴る気配は、ない。

「孝介のバカ…」

いつも私は怒ってばっかりで、頑張っている孝介を労うこともせず自分のことばかり主張していた。
本当に愛想を尽かされたって文句の言えない立場だ。
それでもいつだって孝介が折れてくれた。
その日の内に必ず仲直りをすることがいつからかできた暗黙の了解だったにも関わらず、もうすぐ時刻は明日を告げようとしている。
本当のバカは、私だ。
密かに震える指先にそっと、力を込めて短縮ボタンを押した。
すぐに出てくる見慣れた番号。
耳元からもれる機械音がこんなにも長く感じたことはなかった。

プルルルル
プルルルル
プルルルル

規則正しく鳴るそれらは何度も何度も繰り返され、その度に焦りと不安が押し寄せる。
出られないのか、出たくないのか。
深呼吸をしてあとワンコール、それでも出てくれないのなら、と耳元に意識を集中するとプツッという小さな音の後に『はい』と無愛想な返事が聞こえた。

『何だよ、かけてきたなら何か喋れよ』

容赦のない孝介の言葉には慣れているつもりだった。

『…泣いてんの?』

気付かれないよう注意を重ねてすすった鼻の音が、聞こえたらしい。
目聡い孝介が見逃すわけもなくすかさず飛んできた問いかけに、「うん」と素直に答えれば『どういう風の吹き回しだ?』と受話器が笑う。

「愛想、尽かされたと思った」
『尽かす愛想自体持ってないっつの』
「それはそれでひどい…」
『誰かに何か言われた?』
「…別に。何となく、だけど」
『あっそ』
「だって今日連絡くれなかったじゃん」
『たまにはお前からでもいいかなって思ったんだよ』

随分気分が良さそうな孝介は、至極満足したような物言いだった。
その声に安堵を与えられても、もう一度だけ確認したくなってしまうのだから仕方ない。
私は孝介が好きなのだから、仕方ない。
ひとつ小さく咳払いをして、「ねぇ」と受話器越しの孝介に言葉を投げる。

「もう怒ってない?」
『しつけーよ。っつーか俺は最初から怒ってない』
「だって、さ」
『ん?』
「素直じゃないし、意地っ張りだし、天邪鬼だし、いつもつまんないことで孝介に突っかかって私たち喧嘩ばっかりじゃん」
『お前はそれが嫌なわけ?』
「まぁ…良いとは思ってない」
『何で?良いじゃん。俺らはそれでうまくいってんだし。言いたいこと我慢して溜め込まれる方が俺はたまんねぇよ』

時々こういうことを恥ずかしげもなく言い放つ孝介に、私はいつもあぁ好きだなと、再びその恋心を目の当たりにさせられるのだ。


再愛の人


『これからもくらだねぇことでケンカして、すぐ仲直りして、ずっとそんな俺らでいような』
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テーマ「人外ファンタジー」
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