下手な言い回しよりもずっと直接的に私の心を揺さぶった相手は、涼しげな表情を浮かべたまま『おかわり』を取りに席を立った。
話はこれでお終い、としたにも関わらずだ。
つまり及川はこの話の延長戦を望んでいる、または察している。
このまま遠回しにあれやこれやを尽くしても結局、気付けばこの地点に戻されるということを繰り返すのは明白だった。
思いがけず厄介な男を絡めてくれたものだ。
恨めしく写真を覗き見ても、その人はただ凛々しく整った顔つきで前を見据えているばかり。
きっと自分がそこそこ納得のいく話を聞くまでは、その姿勢を曲げてくれそうにはない。
粘り強さは部活で培ったものなのか、どう考えても私が先に折れる光景しか目に浮かばないのだから、このひどく滑稽な攻防の終着地点はどう足掻いても及川の勝ちだろう。
無駄な時間を過ごすのは勿体ない。
私にとっても、及川にとっても。
だったら、とさっきと同じ色の飲み物を手に戻って来た及川に核心を曝け出した。

「どうしたいのかって聞いたよね」
「あれ、話してくれる気になった?」
「まだ迷ってるけど、どうせ折れてくれないでしょ?」
「まぁね」

堂々とそうのたまった及川は、「どうしても言えない事情ならそう言ってくれていいよ」と最後の助け舟を出した。
けれどこちらとて意地がある。
つい今しがた固めた決心を大いに揺さぶりながらも、拳を膝の上に置き背筋を正した。

「はっきり言って、分かんない。この人のことを調べてほしいとかそういうことはおばあちゃん一切言わなかったけど、こっそり私に預けたってことは処分されたくなかったんだと思う。もし処分するつもりだったらそんな回りくどいことはしないだろうし、むしろ誰にも言わず自分で何とかしてたと思うから」
「まぁ、そうだろうね」
「誰にも話したことのないことまで言って私に預けた理由ってやっぱり、どこかでずっとこの人のこと気になってたんじゃないかな。今更どうこうしたいとかじゃなく思い出の中のこの人が今どうしてるのか、もしかしたら本当はずっと探したいって思ってたかもしれないって思っちゃうとあれこれ考えちゃって」

くるくるくる。
オレンジと透明の二層をストローで混ぜ合わせながら、回る液体をただ眺める。
あれからずっと考えていることを今更声にしたところで新しい発見があるはずもなく、ただ繰り返す思案は相も変わらずぐるぐると脳内を支配していた。
どうして?と聞けばよかった。
話をしてくれた時に、どうして私にだけそんな話をするの?と。
そうすれば少なくとも及川にこんな話をすることもなく、何の気兼ねもなく成績にナーバスな受験生でいられたのに。
何となく聞くに聞けない雰囲気に負け、次があると勝手に思い先延ばしにした結果、ついにそれを聞くことは叶わなくなったのだけれど。

「おばあちゃんは何を思って私に預けたんだろう」

ぽつりと呟いた独り言は、周囲の雑音にすぐ掻き消される。

「私は何でこんなに必死になってるんだろ」

自分のことなのに分からなくなる初めての感覚に、半ば恐怖を感じていると「なーんだそんなこと?簡単なことじゃん」と及川が笑った。

「それは名前ちゃんが大事なことだって思ったからでしょ」
「大事なこと?」
「そう。おばあちゃんの話を聞いてこりゃ適当にしてらんない!って思ったから、必死になってるんじゃないの?」

違う?と首を傾げる及川の問いかけに、ストローを回す手を止めた。

「私、そんなに義理堅いお人好しな性格じゃないよ」
「そうかな」
「もともと無理して調べようだなんて思ってなかったし」
「うん」
「受験も控えてて余計なことしてる時間も余裕もないし」
「でも俺を見て思うところがあったってことじゃないの?」
「そりゃまぁ、びっくりするくらいそっくりな顔がそこにあったわけだし」
「だったらそこで止めておけばよかったのに」
「え?」
「あいつ顔そっくりだなぁ〜何か関係あんのかな〜、で『はい、終わり』だよ」

他に誰も知らないことなら、知らない振りを決め込んでも誰も気付きやしないよ。
それが器用に生きている人間の選択だ、と言いたげに随分な言い分を突き付ける及川は、指先でストローを遊ばせながらちらりと私の瞳に映り込む。

「なのに名前ちゃんは気になって仕方なかったから、考えすぎてわけ分かんなくなって思わずじいちゃんの名前が口を突いて出ちゃったんでしょ」

違う?と再び向けられた問いかけに、上手く答えられないままグッと言葉を飲み込んだ。
許していないところまでズケズケと遠慮なく入り込み、閉じた扉を強引に開けられて気持ちのいい人間などいるはずがない。
それを迷わず選択できるこの男は、知っているのだ。
自分が、他の人では許されないことであっても許されるという確信を。
自分にどれほどの価値があり、どこまでならその権限を行使できるのかを。
他の人なら一蹴されることを、この男は見てくれの良さを活用してそれを許さない。
しかもそれを本能的にではなく、十分理解した上で振るって来るのだから逃げ場もない。
考えるより先に手が出る、と呆れていた岩泉の言い分をようやく本当の意味で理解した。

「名前ちゃんさぁ、自分で思ってるよりよっぽど義理堅くてお人好しだと思うよ?」

学校の女の子が見ればキャーと一声上げそうなニッコリとした笑顔も、今では武器を片手に脅されている気分だ。
ごくり、と生唾をひとつ飲み込む。
分かったことはこの男の凄まじい厄介さと、話してみても良いのかもしれないと思い始めている自分の優柔不断さだった。


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -