教室の隅っこで、何事にも我関せずを貫いていた静かで平和な世界。
それが私の学校生活だった。
不満も不幸もない代わりに格別喜びも楽しみもない毎日が、ただ淡々と流れていく。
望んで手にしていた平穏、だけどどこか味気ない日々が一変したのは、何をも染め何にも染まらない鮮やかさを知ったから。
それは真っ白な画用紙に色取り取りの絵具が滲むように、どんどんと私を浸していった。
日常が塗り替えられていく。
まるで引力だ。
抗えない力に引き寄せられる。
あの時、どうして私は逃げたのだろう。
そして、どうして及川は追いかけて来たのだろう。
手首に感じた違和感に引き留められた身体で知る。
私がまごついて上手く動けすらしなかった量の荷物をいとも簡単に持ち上げ、運び、全力疾走に追い付いてしまう確固たる区別。
ああ、これは滑落だ、と。



「何やってんのよ。ラブコメ?」
「真剣に悩んでるんだけど…」
「分かってるって。でもそれ、悩んで分かることなの?」

慌てて教室に戻ったは良いけれど、あれだけの荷物を押し付けておいてお礼すら言わず、あまつさえ飛んで逃げてきたなんて目も当てられない。
どうしよう、と頭を落とす私に、「手伝ってもらったのに置いて来た?お礼も言わないで?そりゃーあんた最悪だね」と久美の真っ当な言葉がグサリと胸に刺さった。
親しいからこそ全くオブラートに包まない物言いは、いっそ清々しい。
久美の言うとおり、頭を抱えたところで及川が怒っているのか、呆れているのか、はたまたそのどちらもなのか、分かるはずもない。
それでも悩まずにはいられないのが人間というやつで、結局振り出しへ戻った思考に久美がこつん、と私の頭を小突いた。

「メールで言えば?連絡先くらい知ってるんでしょ」
「知ってる、けど」
「そういうの時間経つと言いにくくなるからさ、お礼言うなら早い方がいいよ」

御説ごもっとも、と拍手をしたいほどの正論にぐうの音も出ず。
それからずっと、携帯と睨めっこを続けるハメになってしまった。
何度も文字を打っては消し、やっとの思いで本文が出来たと思えば宛先を選択しては外し、何度も何度もそんなことを繰り返して、心身ともに疲れ切った状態で半ば投げ遣りになっていた。
ようやく送信を押せたのは、すっかり夜になってからだ。
送った内容に関しては自分でも愛嬌も愛想もないなと思う。
思えば奇妙な立ち位置に存在している及川に、絵文字だの顔文字だのを使うのは違うような気がして、随分可愛げのないメールになってしまった。
と、送ってからも落ち着きを取り戻せないままの私に追い打ちをかけるかの如く、ベッドに放り投げた携帯からメールの着信を知らせる音が響く。
まさか、と一瞬過った予感に首を振る。
きっと久美あたりからのメールだろう。
ちゃんとお礼を言えたのか、と下校中も気にかけてくれていた。
そんな言い訳を頭に浮かべながら恐る恐る手を伸ばし画面をスライドすると、案の定『新着メール1件』の文字が映し出される。
更におっかなびっくりでそれを指でなぞれば、まさか、と一蹴したはずの名前が確かに、そこに記されていた。

差出人:及川徹
To  :苗字名前
件名 :
時間 :21:21
―――――――――――――――――
荷物のことなら気にしてないよー
俺が勝手に手伝ったことだしね

岩ちゃんに手伝ってあげなよって言ったら逆に怒られたんだけどヒドクない!?








怒っているのか、呆れているのか、はたまたどちらもなのか。
これでは皆目見当が付かない。
とにかく何か返事をしなければ、と焦っていたところまでは覚えている。
何度も文字を打っては消し、やっとの思いで本文が出来たと思えば宛先を選択しては外し、何度も何度もそんなことを繰り返して。
さっきもこんなことしてたなぁなんて思いながら、どう謝るかばかりを考えていた。
そこから記憶は曖昧で、ベッドの上なんかで考え事をしていた自分をその後、悔いるばかりになることをこの時の私はまだ知らずに、朝を迎えることになるのだけれど。


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -