Q:何故彼女の手伝いをしたのか?
A:荷物が重そうで危ないと思ったのと、聞きたいことがあったから
Q:あの場でなければ聞けなかったのか?
A:みんなの前でする話でもなかったし
Q:聞きたいことは確認できたのか?
A:それなりに
Q:納得はできたのか?
A:まぁ、それなりに
Q:何故彼女は逃げたのか?
A:あんなこと言うつもりがなかったから、かな
Q:何故彼女を追いかけたのか?

その答えはまだ、見つかっていない。



岩ちゃんの部屋でゴロゴロと転がりながら、今日の出来事を思い返す。
自問自答を繰り返してはうんうん唸る俺に、とうとうキレた岩ちゃんが「鬱陶しい!」と足蹴にした。
いつもならイタイ!だのヒドイ!だの、一応文句を並べるのだけれど。
どうにもそんな気分にはなれないまま、クッションを抱えて寝返りを打つ。
あの時、名前ちゃんはどんな表情をしていたのだろう。
咄嗟に動いた足は駆ける彼女を追いかけ、思わずその細い手首を掴んでしまった。
困惑と驚嘆からか、ようやく振り向いた顔は窓から差し入る逆光のせいではっきりとは見えないまま、繕うように飛び出た声は色気より食い気。
結局何の返答も得られないまま、片時の制止をするりと抜け出した名前ちゃんはその場を勢いよく離れてしまった。
取り残されたのは大量の荷物と何かを惜しんでいた俺だけ。
仕方なく向かった準備室には、彼女が抱えていた僅かな荷物が申し訳なさそうに机の端に置かれてあった。
律儀と言うか、何と言うか。
らしさを語れるほど熟知しているわけではなくとも素直に、「名前ちゃんらしいなぁ」と声が漏れた。
その時は割と暢気に構えていたのだけれど、授業が終わり、部活が始まり、そうして岩ちゃんと帰路に着く頃には時差というやつだろうか。
自分が結構なことをしでかしてしまったのではないかと、じわじわと攻め立てる何かに頭を抱え今に至る。

「岩ちゃん」
「何だよ」
「俺、もしかしたらすごいバカなのかも」
「知ってる」

心底呆れたふうに盛大な溜息を漏らしながら、岩ちゃんが読みかけの漫画のページを捲る。
こういう場合何かあったのかと尋ねるのが定石なのだろうが、岩ちゃんは俺に対してそんなことはしない。
だから俺も、伺う言葉は待たない。
言いたいことがあるなら勝手に喋る。
そんな俺を、岩ちゃんも分かっているからだ。

「あのさぁ」
「何だよ」
「女の子がひとりで大荷物抱えてたら、一緒に持ってってあげるとかしないとー。だから岩ちゃんは残念なんだよ?」
「よし、お前もう帰れ」
「何で!?」
「どの口でそんなこと言えんだ?あ?テメーが捕まらねぇっつーから俺が監督から呼び出しくらったんだろうが」
「え、それってあのタイミングだったの?」
「じゃなきゃ手伝ってるわボケ」
「デスヨネー」
「で、苗字に何やらかしたんだ?」
「何で俺が何かしたって前提なのさ。心優しい及川さんは見兼ねて手伝ってたんですぅ」
「そーかよ」
「そんでカレーうどんの話してたんだけどさぁ」
「は?カレーうどん?」
「途中まではイイ感じだったんだよ」
「カレーうどんの話題でイイ感じもクソもあんのかよ」
「こう、上手く距離が縮まってるな〜みたいな」
「カレーうどんでか」
「でも岩ちゃんの言い分も間違ってないんだよね。多分ちょっと間違えた」
「カレーうどんでか」
「カレーうどんでだよ」
「お前ら会話下手くそすぎんだろ」
「何で!?」

思い返してみても、何とも奇妙な言い分は彼女の不器用さを一層浮き立たせていた。
カレーうどん然り、それに隠された本音然り。
もっと他に言いようはあっただろうに。
むしろ、言いたくなければはぐらかせたのだ。
問いただそうとする俺をやり過ごす方法なら、幾らだってあっただろう。
でも俺は、名前ちゃんがそうはしないことを分かった上で正攻法を用いた。
彼女の潔癖さを利用した。
とは言え、他意がなかったのも事実なわけで。
あの夜、迷い迷いながらもしっかりと伝えられた彼女の心に巣食う好奇心と戸惑いは、少しばかり俺の興味を惹いたものの、それ以降一切この話題を口にしない様子に選択された答えは何となく見えてはいた。
名前ちゃんがどう思っているかは知らないけれど、今となっては関わるキッカケになった出来事、程度のこと。
一応はっきりさせておこうと思ったのは、俺も全くの無関係というわけではなかったから。
何と言っても、秘密の片棒を担いでいるのだから。
それでも、分を越えて何かを口出しするつもりはなかった。
あれはあくまで、彼女自身の問題だ。
だからこそ名前ちゃんが何かを選んだのなら俺にとってはそれで『はい、終わり』になるはずで、そのために些か強引に仕向けたふたりきり、だったのだけれど。

「聞きたいことが聞けたらそれだけで良かったのに、何であんなこと言っちゃったかなぁ」

ゆっくりでいいんじゃない?なんて、自分で言っておきながら結局痺れを切らして彼女を問い詰めた。

「何で俺は、追いかけたりしたのかなぁ」

斜め上をいったちぐはぐなものだったとしても、彼女の答えは確かに聞けた。
『はい、終わり』とするには、十分すぎる成果だろう。
それでもまだ何かを求めていたとでも言うのか。
分からない。
自分のことひとつ、こうも分からないことがあるなんて。
ああ、ままならないことだらけだ。

「何でなんだろうねぇ、岩ちゃん」
「知るか」
「これでも真剣に悩んでるんだよ?ちょっとは考えてくれてもいいじゃん」
「考えて分かることか?それ」

相変わらず漫画のページを捲ることに勤しみながら、岩ちゃんは表情を変えずにそう言った。
思考のループに陥ろうとしていた俺にとってそれはあまりにも目から鱗というやつで、同時に「そりゃそうだ」と納得を得るに足る進言だったように思う。
それはとても簡単で、単純で、どこにでもある安上がりな回答だけれど。

「岩ちゃんのくせに良いこと言うね」
「お前マジでもう帰れよ」

心底面倒臭そうな物言いは、飾り気も洒落っ気もなく本音そのもの。
だからと言って素直に従う俺でないこともまた、岩ちゃんは嫌というほど知っている。
そんな岩ちゃんを俺もまた嫌というほど知っているので、まだ居座り続ける気だということを分かっているからこその催促は、勝手にしろ″の意が込められているのだ。
もちろん、言われなくても勝手にするのだけれど。
クッションを抱きかかえながら上体を起こし、うんと背伸びをする。
居心地が良くとも退屈凌ぎの乏しいこの部屋で、探り当てた携帯を手にすると1件の新着メールを示すランプが点滅していた。

差出人:苗字名前
To  :及川徹
件名 :
時間 :21:15
―――――――――――――――――
手伝ってくれたのにお礼も言わな
くてごめん。
荷物、持ってくれてありがとう。
助かりました。










「岩ちゃん」
「今度は何だよ」
「俺、やっぱりすごいバカなのかも」
「だから知ってるつってんだろ」

いくらでも簡単に伝えられる適切なものがあるはずなのに、あの時も、今も、君が選ぶ言葉はひどく不恰好だ。
今時業務連絡だってこんなにも堅苦しくはないけれど、これが君なりの精一杯だったのだろう。

「ほんっと、名前ちゃんらしいや」

ねぇ、名前ちゃん。
たったこれっぽっちのメールを送るのに君は何度文字を選び、並べ、何度消し、何度送信するのに迷ったのだろうか。
律儀で不器用な君は一体どのくらい、俺のことを考えてくれたのだろうか。
それだけのことがこんなにも、こんなにも―――



A:きっと、嬉しかったから


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