「苗字さん、岩泉知らね?」
「…何で私に聞くの」

普通にしてようよ、と言ってからもそれまで及川と親しくしていたわけでもないのだから、目に見えて話すことも接することもなく、岩泉を訪ねて来た時に一言二言交わす、ただその程度だったのだけれど。

「隣りだし、知ってるかと思って」
「知らないよ。及川のとこじゃないの?」
「いなかった」
「あぁ、そう」

じゃぁここで待つわ、と誰の断わりもなく松川くん(後に自販機前で遭遇したのは花巻くんというのも久美から教えてもらった)が岩泉の席に我が物顔で座る。
及川本人と関わることはさほど多くはなくとも何故か、バレー部員が良く話しかけてくるようになった。
何事だと思っていると岩泉曰く「ただの好奇心じゃね?」とのこと。
一体何の好奇心だ、と続けて投げた質問には「まぁ、悪いやつらじゃねーから」と答えにもなっていない、些か憐れみと同情を秘めた返事があった。

「っていうかさ、メールなり電話なりしたら行き違いにならずに済むのに」
「いちいちメンドーじゃん。まぁ待ってりゃ来るだろ」

そりゃそこは岩泉の場所なのだからそうなのだろうけれど。
それっきり何か話しかけて来ることもなく、話しかけることもなく、当たり前に沈黙だけが流れ続けていると「名前ー、次自習だって」と久美が駆け寄って来た。

「あれ、松川がいる」
「おー」
「何してんの?岩泉待ち?」
「そう」
「相変わらずお世話が大変そうだね、岩泉も」

ケタケタと笑って楽しそうに会話を弾ませる久美は、まさしく社交性の塊で私にはないその長所を羨ましく思う。
本人は「これでも結構気ぃ遣ってんだよ?」と言っていたけれど、誰とでもすぐに親しくなれるのは持っていて損になるものではない。
思えば久美のそんな部分に随分助けられているのだ。
今もそう、会話のない状態で徐々に気まずさを感じヤキモキしていた私には、何より有難い加勢だった。

「ね、名前」
「え?」
「もー聞いてなかったの?」
「あぁ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「最近賑やかだよねって言ってたの!」

ちらりと横目で『賑やか』を連れて来る相手を見ても、当の本人は気に素振りもせずに至って飄々とした態度を崩さない。
花巻くん然り、まるで今までそこそこ仲良くしていましたとばかりに声をかけて来るバレー部のおかげで、「最近苗字さんってバレー部と仲良いよね」と言われる機会が大いに増えた。
どうして?と尋ねられても私こそ知りたい。
それを知る数少ないチャンスだろうと「最近良く話しかけてくれるよね」と尋ねてみれば、「あたしも気になってた」と興味津々な久美に松川くんは考えるまでもないと言った様子で即答する。

「話しかけやすくなったから?」

即答した割に言葉尻にハテナを付け、こてんと首を傾げる松川くんは「ああ、そうだ」と何かを思い付いたようだった。

「今までも岩泉いない時に何回か聞こうとしたんだけど、話しかけんなって雰囲気すげー出てたし」
「確かに名前はちょっとガード堅いとこはあるけど」
「でも最近はそうでもないよな」

これ以上ない答えだと言わんばかりの表情を向けられても、今度は私と久美がこてんと首を傾げる番だ。
全くもって答えになっていないのでは?と言うのが私たちの共通の想いだっただろう。
それを何となく感じ取ったのか「何つったらいいかな」と斜め上を眺めながら言葉を探し探しに紡いだ。

「苗字さん、ちょっと雰囲気変わったっつーか」
「別にそんなつもりはないんだけど、何でだろ」
「まぁ、悪いことじゃねーし。いいんじゃね?」

なるほどね、と松川くんの言い分を理解したのか、久美が大きく頷く。

「それに苗字さん、必要以上に何も聞いてこないし」
「あー、及川くんのこととか?」
「そうそう」

分かるような分からないような言い分に、私だけが首を捻ると「とうとうその時が来ちゃったかぁ!」と唐突に久美が抱き付いて来る。
勢い余って椅子ごと後ろへ倒れそうになったのを、松川くんが脚で阻止してくれた。

「松川の言ってることは分かる!分かるけど!何か悔しい!名前の良さは知る人ぞ知るって感じだったのに!」
「そのうち須藤より俺の方が苗字さんと仲良くなったりして」
「断固阻止!認めない!」

親友ポジションは私の殿堂入りだからね!と抱き付いたまま珍しく噛みつく久美に、松川くんが面白そうに適当にいなしていると、乱暴に開けられた扉の音に顔を上げる。
自分の席の惨状に立ち止まる岩泉に、助けを求める視線を送ってもそれが掬い上げられるはずもなく、ただ真顔で私たちを見下ろす視線がひどく恐かったように思う。

「…人が便所行ってる間に何してんだ?」
「知らない…」
「あ、名前が照れた」
「え、苗字さん照れてんの?」
「唇尖らせてそっぽ向く時は大抵そうだよ」
「へー」
「いや、だから何してんの?」
「知らない!」

賑やかは当分、収まってくれそうにない。


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -