俺の幼馴染は、時々行方を眩ませる。
突然ふらりと消えてしまう細い背中を探しに行くのが、いつの間にか俺の役目のようになっていて、あぁまたか、と部活終わりの身体に鞭を打つ。
つい最近までは暑い暑いと文句を垂れていた気候も、気付けばすっかり秋めいていた。
この土地の冬は、厳しい。
その準備段階の秋も言わずもがな。
一度気温が下がってしまうと、汗をかいていた日々が嘘のように肌寒くなり、気付けば朝や夜には息が白むようになるのだ。
室内ならまだ薄手の長袖で十分だけれど、外をうろつくとなれば話は変わる。
冬物を仕舞い込んでいるクローゼットから一昨日に引っ張り出したパーカーを着て、スニーカーに足を突っ込み玄関を出た。
頬を撫でる風にはもう、夏は欠片ほども残ってはいない。
気を抜けばうっかり寒いと呟いてしまいそうなこんな空の下で、一体どこでぼんやりしているのだろうか。
とりあえず携帯を鳴らしてはみるけれど、思ったとおり延々と呼び出し音が繰り返されるだけで肝心の相手の声は一向に聞こえてはこなかった。
ある程度、ここにいそうだという目星を付けているところから回ってみるのもいつものことで、大抵はそのどれかに探し人は佇んでいる。
パーカーのポケットに両手を突っ込み、ゆっくりと進める足に思うのは、きっと何かがあったんだろうなということだけ。
何か嫌なことや辛いこと、悲しいことや悔しいことがあるといつも、こうして姿を眩ませてはひとりでいるのだ。
何をしているわけでもなく、ただぼんやりと空気を眺めながらゆっくりと瞬きを繰り返す。
わざわざ出向いて、しかも居場所の分からない中探し回って迎えに行っているというのに、幼馴染はいつも何も言わなかった。

何があった?

幾度となく訪ねる言葉でさえ、「何でもないよ。ただ何となく」と朗らかに笑うだけなのだ。
まずは近所の公園に足を運ぶけれど、見慣れたその姿は見当たらなかった。
次に川の近くに並ぶベンチにいるかもしれない、と足を進めれば夜の闇の中、背中を丸めて座り込む影が揺れた。
思ったより早く見つかった背中に、パーカーに仕舞い込んでいた手を伸ばす。
指先が華奢な肩に着地する頃、「名前」と名前を呼べばのろのろと上げられる顔が振り返った。

「そんな格好じゃ風邪引くぞ」
「うん、すごく寒い」
「何年ここで育ってんだよ」
「油断してたなぁ」

へらりと笑う血の気の引いた唇を見て、溜息を吐き出す。
ここの秋は、薄手の制服だけで過ごすにはあまりにも無防備すぎる。
ましてやまだ冬服への衣替えをしていない、シャツとベストの組み合わせでは自然と腕を摩って当然だった。
この考えなしにはいつも呆れさせられる。
仕方ない、と羽織っていたパーカーから袖を抜き、それを震える肩にかける。
少し驚いた表情は「ありがとう」と身を寄せて、パーカーが落ちないようにギュっと握られた。

「何があった?」
「何でもないよ。ただ何となく」

案の定、いつもどおりの質問にいつもどおりの答えが返る。
朗らかな笑顔を携えて。

「毎度何となくで駆り出される俺のことも、ちょっとは考えてほしいんだけど」
「毎度何となくでどこかに行く私を、それでも探してくれる花巻くんが優しいんだよ」

いつからだろうか、名前がこんなにも大人びた表情でしか笑わなくなったのは。
いつからだろうか、名前が誰の前でも泣かなくなったのは。
いつからだろうか、名前が“花巻くん”と俺を遠巻きに呼ぶようになったのは。
全部、知っている。
俺はきっと、変わっていく名前を誰よりも近くで見ていたのだから。

「もう帰るか?」
「うん」

ゆっくりとベンチから腰を上げ、無造作に置かれていた鞄を掴む手はいつの間にかパーカーに通されていた。
名前が着るには随分不恰好なサイズのそれは重力に流されその指先をすっぽりと隠し、短い制服のスカートをも飲み込みそうなほどだ。
見てはいけないような気がして、思わず視線をさっと反らす。
そんな俺の気も知りもしないで、「花巻くんの匂いがする」なんてのたまうのだから、俺の感じた一抹の気まずさなんてひどく馬鹿馬鹿しい。
必ず何かがあったはずなのに何も言わない名前も、それを上手く聞き出す術を持たない俺もまた、馬鹿馬鹿しいけれど。

「お前さ、いつまでこんなこと続けるつもり?」

しばらく続いた沈黙を破るように投げかけた言葉に、「うーん…」と返事を探しながら、あるいは感情を探しながら、名前の瞳が空を映して彷徨っているのを感じ、「まぁ、いいけど」と勝手に問いかけを中断する。
答えを言い迷っている時はいつも、本心を隠しても辻褄の合う言い訳を探している時の癖なのだ。
上辺だけ並べられた言葉で会話を続けても、そんなものは不毛以外の何者にもなりはしない。
こうしていつもどれだけ探しても、いくら名前を呼んでも、ふたり同じ帰路に着いても、名前は1mmだって心を寄せることも開くこともしなかった。
まさに服に着られている今の状態のようにすっぽりと色々なものを隠しては、ただひとり押し寄せる孤独の中を泳ぐのだ。

「さっさと帰るぞ。流石に俺が寒い」
「うん、ごめんね。いつもありがとう」

その言葉にどれだけの、何が、一体含まれているのだろうか。
余った袖から覗く白い指先が、俺に預けられることはもうない。
だから名前は誰にも弱音を漏らさないし、その涙を見せることもないのだろう。
俺は今のそんなお前が、どうしようもなく嫌いだ。
俺を、選んだくれなかったお前が。
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