伸ばされる手が恐くて、ずっと見ない振りをし続けていた。
だってそうでしょう?
その手を取ってしまったなら、私からあなたを奪う全てを呪わなくちゃいけなくなってしまうのだから。
そんなもの、ただの不毛でしかないのだから。
でも本当はそんな言い訳を並べて、盾にして、消えてしまいそうな私を見つけてほしくて、その手しかほしくないことを知っていながら、あなたの優しさを利用していた。
私はもう、傷付いてなんてない。
家族のことも、面白おかしく後ろ指を指されたことだって、すっかり過去のことだと受け流せるだけの時間を私は過ごした。
どんなことだってきっとそうだ。
時間を重ねれば薄れていくものでしょう?
なのにどうして、あなたがいなくなることだけはちっとも恐くなくならないのだろう。




どれだけ伸ばしても受け入れられることのない手が、幾度となく空を掴む。
不毛の押収、積み重ね、同じことを繰り返しながら全く進まない俺とお前の現在地。
それでもいつか、いつかこの手を掴んでくれる時が来るかもしれない。
そんな何の保証もない“いつか”が、いくら嫌ってみても、いくら呆れてみても、結局俺の足を走らせた。
多くは望まない。
声も出せないほど苦しい夜にはただ傍に、泣きじゃくる夜には髪を撫で、本当の気持ちが分からなくなる夜には手を握ぎろう。
俺を、呼んでくれるだけで良かった。
お前がそうしてくれさえすれば、ただ一言俺が必要だと言ってくれたなら、どれだけ明日が早くても身体が辛くてもいつだって、迎えに行くから。
だからその手が、縋るように俺へと伸ばされた時に迷いは消えた。
ずっと聞きたかった言葉、ずっと呼ばれたかった名前、ずっと受け取ってほしかったこの手はようやく、お前を見つけた。




ここがスタート地点。
あなたはそう言って、一緒に歩いて行こうと言ってくれた。
同じところから始めよう、と。
初雪がちらほらと姿を見せ始めた夜に、私たちは幼馴染という関係に終わりを告げた。
これからもきっとお互いの臆病な心を探り合ったり、傷付け合ったり、誤解したり、一緒にいても分からないことばかりで困ってしまうこともあるのだろう。
だけどそれは、ふたりだからできること。
だからそれすらも大切にしていければいいと思った。
私とあなただから知りたいと願い、知ってほしいと望み、分かりたいと悩み、分かってほしいと嘆く。
私だから。
あなただから。
青白く丸々と太った月の夜に私は一度色々なものを無くしてしまったけれど、こうしてまた青白く丸々と太った月の夜に私はもう一度大切なものを手に入れた。



随分遠回りを繰り返し、ようやく何かが始まった帰り道。
たどたどしく呼ばれた“たかちゃん”以外の呼び名に、慣れないと笑った顔がいつか当たり前にそう呼んでくれる日が来るのだろうか、と前向きな未来へ想いを馳せた夜だった。
幼馴染から変わった関係に、と提案した割にはそれからの俺たちが何か大きく変わったかと聞かれれば、少しばかり疑問が残る。
擦れ違いで遠くに感じていたとは言え、もともとの距離が近かったこともあってか取り立てて言うなら学校でもそこそこ、一緒にいる時間が増えたことくらいだろうか。
随分とまぁのんびりしてて余裕だねぇ、なんて及川は企み顔を携え肘で小突いて来たけれど、それもまぁ悪くはないと思っている。
遠回りした分の時間を、今度はふたりで歩いているのだから時間だってかかるだろう。
手を繋ぎ、明日もこんな一日だったらいいなんて、とりとめのない話をしながら。
明後日も、明々後日も、そうやって積み重ねていけたならきっと、と願っていると言えば大抵が“高校生のくせに”と知ったようなことを言うのだろう。
現実がどれだけ厳しいのかを、嘲笑しながら並べるのかもしれない。
それでも俺たちは、信じていようと思う。
その子どもが、たかだか高校生の恋が、大層に誓ったちっぽけな約束事を。
『そんなこともあった』なんて笑い話にできる時が来た時も、変わらずふたり隣り合っていられることを。
いつかそれが実を結び、大切なものが増える喜びに出会えることを。



「貴大、見て見て!」
「んー?」
「及川くんテレビに出てるよ」
「お、マジだ。相変わらず外面いいなぁ、あいつは」
「そう言えば、この間バレー部のみんなと集まってたんだよね?」
「おー」
「どうだった?」
「変わったっちゃ変わったけど、基本的には何も変わってないっつーか。まぁ、今でもそこそこ会ってるしな」
「それもそっか」
「それでもいまだにこうやって繋がってられるってのは、結構すごいことだよな」
「うん?」
「続けてくにはそれなりに努力が必要だろ?」
「ってことは、私たちも結構すごいってこと?」
「そうなるんじゃないですかねぇ」

そして鼻と鼻をくっ付け、どちらともなく笑い合い、ベッドにふたり雪崩れ込む。

「眠くなってきたかも」
「んじゃ、そろそろ寝るとしますか」
「はーい」

電気を消し、狭いベッドの中で寄り添い、お互いの鼓動を感じながら一日の終わりを一緒に越えてゆく。

「ねぇ、明日の休みはどうします?」
「とりあえず起きてから考えます」
「そう言っていつもダラダラして終わるよねー」
「そういうの嫌いじゃないだろ?」
「そうだけど」
「それにしても、いいもんだよなぁ」
「何が?」
「明日は何しようかって思えることとか、そんな明日のことを話しながらいつの間にか寝てる夜とか」
「うん」
「俺とお前じゃないとできないことだ」
「文句なしだね」
「文句なしだな」
「幸せだね」
「そうだな」
「いい気分で眠れそう?」
「そりゃもちろん」
「それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」

明日もそんな一日でありますようにと、途切れることのない透明な願いを抱き締めながら。
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -